法華経と大無量寿経の統合
よくこの2つは、自力の教えと他力の教えだから正反対と
言われます
この捉え方は間違っています
両方とも、他力の教えです が、この他力という言葉が誤解を
生んでいますので、私は本力あるいは、仏力と言い換えたい
と思います
本力とは、我々の本体である仏性の事です
仏力も同じです
仏性については、キリスト教では愛と表現されるものです
法華経は智慧の教えですが、その智慧によってどうなるのか?
これは智慧を得る事が先ではなく、仏力からくる智慧を得るわけで
学問で得る事ではない
全て体験でもって得る・・・出来る限り平穏無事で過ごしたいと
願う人は、隠遁的生き方をする事です
小乗的生活は、それを目指しています
心を乱す事から出来るだけ離れて暮らす事
これはとても精神的にいいですよね
しかし、世俗はどうでしょう
悪意が渦巻いています 大量の悪が
その中にあって、泥の中に咲く蓮のように生きる事は出来る
でしょうか?
法華経はそれが出来ると教えています・・・が、それで出来る
人は稀です
これは釈迦仏教だからで、それが大衆にも出来るぞと、完璧な
システムを作り上げたのが、日蓮仏法なのです
しかし私は、親鸞仏法の素晴らしさも知っているので、この2つを
統合出来ないか?と考えています
それも、学としてはありません
行としてです
その行とは、疑いを無くす事です
正直、大困難な行です