今日が最終回、テストblogとして投稿します。
先ほどのblog携帯からのテストblogでした。
しかし新しいPC、メーカーが違うと慣れないせいか使いづらいです。
永作博美の「八日目の蝉」早く劇場で見たいものです。
あー今日は本当に疲れました。
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永作博美の「八日目の蝉」早く劇場で見たいものです。
あー今日は本当に疲れました。
「かくれ平家落人伝説」四国徳島編ー09
1185年2月19日に始まった源平・屋島の戦いその中のいろいろな
現地取材のエピソードをお送りいたします。
右)茶色の部分が相引川河口の海になり、ブルーの線は現代の
道路、今紹介しているのは赤い部分です。
上部は高松市内です。
後に描かれた源平合戦の昔の絵図です。
ことでん八栗駅より案内させていただきます。八栗駅構内です。
鉄道マニアの方にはかなり人気のある私鉄だと思います。
八栗駅は国道11号線(徳島ー高松)の近くで徳島からですと屋島の
手前になります。
駅前の「かつはし」を渡り、牟礼石あかりロードを海に向かい進み
ます。
車の方はここ、無料駐車場になっていますので大変便利で源平合戦
のいろいろな史跡にも近いので大変便利だと思います。私は自転車
持参でいろいろなところを廻ることにしました。
駐車場の端からは源平合戦で有名な「那須与一・扇の的」の場所は
すぐ近く・・・
私が子供の頃読んだ「源義経」?「源平盛衰記」?の本では最初は
兄の那須十郎が指名されたが体の具合が悪く弟の与一に変わったと
かいてありました。与一は平家の舟に立てた扇が波に揺られ的がさだ
まらなく、心の中で「南無八幡大菩薩」と唱えると扇の揺れがぴたっと
止まったと書いてあったのを思い出しました。
扇の根元に当たり扇は海に舞、平家の兵もこの光景にはふなべりを
たたき、敵味方なく大喝さいだったと言い伝えられています。
この時は潮が引き、海水はありませんが中央の石が「駒立岩」と呼ば
れ那須与一が足場を定めた場所として今も伝えられています。
高松を取材したときは秋で天気も良く秋晴れ!!!
今日の徳島はやはり陰に入ると少しひんやり!日向はかなり暖かく後
1~2日の辛抱です。