徳島小松島に難破上陸した義経一行は昨日の大阪峠を越え讃岐
引田(香川県)に入りました。
義経一行が宿営したのがこの東海寺で今も2代目として「鞍掛けの
松」として義経が馬具をかけた松がのこっています。
途中海側の街道と山際の街道と2隊に分かれ進みますが義経本隊
は・・・
今の長尾街道、脇の古道、(旧)田面タズラ、街道を通り屋島に向かい
ます。丁度地元の老人の方に訪れた訳を話すと(旧)田面街道を案内
してくれたのがこの古道です。
奈良時代、都と諸国を結んだ「南海道」の一部で西暦788年弘法大師
空海が15歳の時、善通寺から都を目指した時もこの田面街道を通り
義経も平家討伐に向け馬を走らせたのもこの古道、歴史上の道に立ち
歩くのもなかなかシルバーウイークらしい気持ちの高ぶりがありました。
左が新しいバイパスで右の旧街道が田面街道・長尾街道を通り義経は
長尾寺に勝利を祈願し屋島へと向かいました。
屋島の眼下にパノラマののように開く「古戦場」屋島に登る前に牟礼町
庵治と散策はしてきました。丁度右から流れてくる相引川の下流で手前
は昔は塩田だったらしくその河口が「古戦場」だったとのことです。
落ち延びた平家の残党が住み着いたので有名な徳島の秘境・祖谷&
木屋平そして私が興味を持ったのが徳島は那賀川の源流にあるかくれ
平家村・・・詳しくは「かくれ平家落人伝説」において・・・。
屋島を降り近くのcafeで4年ぶりの元サーファーでサッカー選手で・・・・
と待ち合わせしました。
神戸の古い洋館を移築したcafe異人館で4年ぶりに・・・
彼はナショナル・セシール・今はsony生命に勤務、バツ一●別れた
奥さんは35歳の独身長女と暮らし次女は大阪に!離婚条件は
自宅は奥さんに渡し、子供2人の養育費は支払い(次女は私学に
行ったので養育費かなりいったとの事!)なかなかやること男前
皆さんこれが本当の「イケメン」ですヨ!!!
ちなみに私はバツ●●+0,5です。久しぶりの再会で2時間ほで
話し込みなかなか楽しい時間でした。そのあと海沿いの国道11号
を通り帰路に着くことに・・・。
















