数日後、王妃と共に元から来ていた女官が王宮の外で遺体となり発見された。
女人の口や耳から出血し、どうやら鼓膜も破裂している。
自らでとは言い難い状態にチャンビンが何とも言えない表情になった。
「体の内から、何かがあったのは間違いないのですが」
そう言いチャンビンの眼差しは部屋の壁に背を付け、話を聞いていたヨンに向けた。
「・・・何だと思う?」
「内功だと」
「ふん」
「“生き残り”では無く、これを武器として生業にしている者がいるのだと・・・」
“生き残り。”
とはいえ、かつて仲間だった者達が既にこの世にいない事はヨンが一番わかっている。
だとすると、他に特殊な者達を集めている誰かがいる・・・という事だ。
「女官が殺されたのも、口封じでしょう。あの女官もまた刺客の一味だったのか・・・」
奇襲を受けヨン達が王宮に辿り着く事無く亡くなれば、敵の思惑通りだったがそれが外れ怪我も無く帰って来た。女官は途中で元に戻るつもりがここまで来てしまい己の危機を感じ逃げ様と考えていたのだろうか?
だが、黒幕は許さなかった。
「・・・だとしたら、黒幕はこの国の者ではないか」
「そうなりますね」
「・・・はあ」
ヨン達が帰って来る前に重臣の数人が毒殺され、新王から直々に捜査の命を受けていた。
新王を王宮に連れて来たヨンは何故かここを去る事が出来ない。
それはあの女人の仕業だとわかったが、それとは別に王はまだ心を許せる者がいずチェ尚宮の甥のヨンに目を付けたのだと王の眼差しで感じた。
・・・くそ、最初の意思と離れていく。
あの後、典医寺に向かった女人に詰め寄っていたヨンを見つけたチャンビンが慌てて間に入って来た。
「違う、理由を聞きたいだけだ」
「でしたら、まずその気を収めて下さい」
ピリピリと張り詰めた空気を放つヨンから庇う様に女人を背に隠し、同じ目線からチャンビンが諫めて来る。
――そういうつもりではっ。
ただこの女人が、『俺は王宮にいろ』というのは何故か?と尋ねたかっただけだ。
チャンビンの後ろからひょこっと顔を出した女人が、ヨンをジッと見つめている。
「・・・何だ?」
「兎に角、チェヨンは王様の隣にいてあげて?」
――ああ?お主に指図されるいわれはっ・・・。
口を開いたヨンだったが、
「・・・」
やはり、言葉が出ない。
「チッ」
舌打ちをし、
ヨンは踵を返して典医寺を出て行ったのだった――。
――あの女人は苦手だ。
何かを言っても見透かされてしまう、あの目が嫌だ。
――・・・俺は、早く、メヒの元に行くのだ・・・。
ピクリと話を聞いていたヨンの顔が上がる。
診療所から薬草園に繋がる廊下からパタパタと軽やかな足音が聞こえ、ヨンは急いで背を壁から離し反対の扉から出て行った。
だが、去り際チラリと肩越しに音がする廊下を見た事を、チャンビンは見逃していない。
「あれ?今ここにチェヨンさんいなかった?」
「先程までは」
「一歩遅かったか!」
「医仙、隊長と話は出来たのですか?」
「正直に言っても、『意味がわからん』て言うんだもの。どうしようもないわ」
「そうですか」
チャンビンでさえウンスの話全部を理解出来ていず想像も出来ない。だが自分が戦の最前線に出立する前に聞いた慶昌君の話と次の王、そして崔瑩(チェヨン)という名の武将に引っかかりを感じたのも事実だった。
そしてウンスはそのチェヨンが戦場に数年間いる事に、大丈夫なのかと心配して来る。
「彼が亡くなれば、チェ家の名家もそこで途切れるでしょうね・・・」
その話にチェ尚宮は狼狽えどうすればとウンスに尋ね、彼女はさも易者の様に考えながら答えていた。
「同じ強さの誰かが助ければ良いんじゃないかしら?その“内功”が使える・・・誰か?」
「もう昔の隊の者は誰一人おりませ・・・」
だが、言葉を切りチェ尚宮は椅子に座るチャンビンを直ぐ様見た。
「・・・チャンビンよ、お主まだ使えるか?」
「治療のみで・・」
「それでも構わん」
「・・・」
チャンビンのじとりと冷たい瞳がチェ尚宮を見つめて来る。
戦う事が一番の不毛だと言うチャンビンを知った上でのチェ尚宮の頼みなのだ。
しかも、今ウンスがいるこの場でその話を振るとは・・・。
「え?チャン先生、そんな技使えるの?」
「彼の様に外に放出など高等な事は出来ません。精々治療をする位です」
――彼を助ける事は出来るのね?
当然の如く、こちらを見つめて来るウンスの瞳がそう問うているのをチャンビンは瞬時に悟った。
――・・・結局は、そうなのか。
チャンビンは、沈んでいく気持ちに耐えろと袖で隠れた拳を握り締めた――。
ウンスを見つけたのは前の王、慶昌君を元から迎える時だった。
朴医員が何故か付いて行く事を拒んだ事が始まりだったと思う。
「私の代わりに、隣りにいるチャンビンが同行致します」
「何故拒む?こんな若造など。王に背くものだと捉えるが良いのか?」
「私は前王の時に死んだ存在でもあります。それを民達の慈悲で生かされている、これからは民に返していきたいのです。こちらのチャンビンは、医員としては気を操る事も出来る優秀な者です、どうかこの者を次の責任者として任命して頂きたい」
町外れの医院に来た軍に頭を下げそう述べた朴医員に、軍の大将は声を出す事が出来なかった。
その後、チャンビンは学び舎だった朴がいる医院を離れ、軍隊と共に王宮に向かったのだった。
慶昌君を迎えに行き王宮に戻る際、山の上に溜まる異様に赤い空を見つめながら軍の後方から馬に乗り付いて行くチャンビンが訝しんでいると、その中から白い光が真下に落ちた。
「えっ?!」
驚いたチャンビンの声に近くにいた軍隊は、険しい顔になり睨んで来た。
「煩いぞ!」
「申し訳ありません」
しかし、チャンビンはその山が気になり通り過ぎても暫く見ていた。
(省きます)
何かが落ちた気がした。
雷・・・?
いや、あの空から雷など出るだろうか?
山を駆け馬も少し疲れてきている様だ。
「頼む、もう少しゆえ」
チャンビンは項を撫で先へと促した。
山の頂上に辿り着き、チャンビンは唖然と佇む。
やはり、チャンビンの予想は当たっていた。
山の上にある石像は昔この辺に住んでいた村人の名残りなのだろう。
もう祭壇として使われ無くなった場所は落ち葉や砂利に埋もれ、手で払うだけでは足りない程だった。
その中に白い服を来た人間が倒れている。
「女人?」
しかし、その服は薄く上着を剥がされたのかという程に首や足首の肌さえ見えいる。
場所を見渡すと落ちた葉や枯れ木に埋まっている為誰かが来た訳では無い。
元々の服がこうなのか?
チャンビンは着ていた羽織りを着せると慎重に馬に乗せ、チャンビンも跨り山を下りる為に馬の尻を蹴っていた。
何時も思うのははたしてこの場所に連れて来た自分の選択は間違っていたのではないか?
という事だった。
あの時。
朴医員の場所に預け様かと思ってもいた。
だが、見目と話す内容に興味が惹かれなかった訳でも無く・・・しかし、
「・・・私は生きて典医寺から出る事はありません。その気持ちは朴医員と変わらないものです」
宮殿に入る際、
王に誓った言葉を曲げる気持ちは、
無い。
――・・・そう、見つけた花は
初めから違う方を向いていただけの事だ――。
「イムジャ!」
ヨンが声を上げ、険しい顔で走り回っている。
典医寺に姿が見えず、坤成殿かと向かえばそこにもウンスはいなかった。四阿にもいない。
徐々に広がる不安にどくどくと激しく心臓が打ち始めた時、典医寺の奥にウンスの姿を見掛けたと薬員が教えてくれた。
――・・・確か向こうは。
ヨンが走った先はよく通っていた部屋がある場所で、やはりというか部屋の扉が開いている様だった。
「何故そこに?」
はあと息を吐き、薄くしか開いていなかった扉を中に日差しが入る程に大きく開けると予想通り、ウンスはそこにいた。
後ろ姿を見て漸くヨンは肩から力を抜く。
「何処に行ったのかと探しました」
「あら、ヨンさんが?珍しい!」
椅子に座っていたウンスは振り向きながら口をにんまりと微笑み揶揄って来る。
む、と口を尖らせながらも部屋に入りヨンもウンスと同じく窓や置きっぱなしの薬材を見た。
「この部屋、私が使って良いと書いてあったの。大丈夫かしら?」
「良いと思います。あの侍医が自ら言ったのですから」
チャン侍医がこの世を去り、一年経った。
内部にヨン達を狙った黒幕がおり、しかもその者は徳成府院君キチョルだとわかったヨン達は改めて尋問をする為にキチョル邸に乗り込むと、そこで待ち構えていた私兵との斬り合いが突如始まった。
大方ヨン達軍隊が来ると予想は付けていたのだろう。しかし、ヨンもまた外堀からキチョルの援護を呼ばせない策を練っており、援護軍が来る前にキチョル一味を取り押さえる事が出来た。
だが、その際宮殿に潜んでいた弟妹達が典医寺にいるウンスを拐う為乗り込み、ウンスを庇ったチャンビンが命を落としてしまったのだった。
キチョル側に、『先見をする女人がいる。先の高麗をも知っている様だ』との情報は伝わっていた。そして、ウンスが特にヨンを重宝する様子も知られており、『チェヨンが先の世に関わっている』事も気付かれていた。
先に敵がチェヨンを倒すか?
ヨンがキチョルを捕らえるか?
――そしてその時は、直ぐに来てしまった。
「どんどんヨンさんが過保護になっていく気がするわ」
「違います。チャン先生からよく言われていたゆえ」
「あ、そうですか」
やれやれと言いながら、ウンスは椅子から立ち上がる。
ヨンが先に出て振り返りウンスを見ていたが、
「何度か聞こうと思っていました」
「何を?」
「・・・俺が“チェヨン”で無ければ、気にも止めなかったでしょう?」
「どうして?」
「・・・貴女を助けたのが俺では無いからです」
あの後、暫くして執拗いウンスにヨンもほとほと疲れ、理由を話したら考えなくもないと言うと手を広げにっこりと微笑んで来た。
「じゃあ、約束して。教えたら宮殿に残ってちょうだいね」
「・・・」
『約束』
武士としてこの者として良いのか一瞬悩んだが――。
「はい、約束、ハンコ、コピー!」
あっという間に手を取られ、
指を合わせたり握ったりした後ウンスは素早く離した。
――・・・今。
一瞬だけ触れた指が柔らかく滑らかで。
あの時の自分は、
それが離れたのを惜しいとさえ感じていたのだ。
チャン侍医がいなくなった典医寺をどうするかとの問題に助言をしたのはチェ尚宮と王様だった。
「ウンス殿はチャン侍医の医術を学んでおり、更には元でも知り得ない技術を習得しております。チャン侍医も残していた書物にウンス殿に医員の資格をとの要望が書いてありました。ウンス殿がいれば我が甥も王宮に残るとの事です」
「チェヨンがいてくれるのは、余にとっても安心出来る。前任者の遺言も汲みウンス殿に典医寺を任せる」
「そんな、王様!」
「何故女人などに・・・」
不満を言う重臣達もいたが、玉座の近くに立つヨンに鋭い眼差しで睨まれ、直ぐ様口を閉じた。
キチョルを討伐した今チェヨンに刃向かうなどと考える者は皆無に等しかった。
――その前に、また勝手に決められたのだが・・・。
重臣達を睨みつつ、ヨンは徐々に不機嫌になっていく。
その苛立ちは会議場全体を包み、更に重臣達は怯えたのだった。
「帰りたいですよね?」
ヨンにはウンスが下りて来た状況を知らない為、返す術が無い。
チャン侍医から聞くべきだったと今だに後悔してもいた。
しかし、ウンスは別にと笑う。
「最初は本当に勘弁して!て思ったけど、そのうち何時かはと思う様になって、今ではそれよりも典医寺をどうしようと考えているのよね。凄い事よ?この歳で大病院の院長になった気分なのだから」
現代にいたら、一生無理だった地位を手に入れてしまったのだ。
ウンスとしては、ある意味肩に力が入ってしまう程だとヨンに話す。
「・・・そうですか。では、帰りたい時は俺も付き合いましょう」
「何処に?」
「何処までも。チャン先生からの遺言もありますから」
「遺言、て・・・」
ウンスが「まったく・・・」と再びため息を吐き出した。
更に次の年。
ヨンとウンスの婚儀が、宮殿内で盛大に行われる事になった。
「知ってます?叔母様、ヨンは婚姻を誓うまで私に好きと一言も言ってくれなかったんですよ?有り得ますか?」
「俺は前からイムジャと常に共にいると言っていたのだが・・・」
「違う、それはチャン先生の約束を守っていたと言ったじゃない」
「そうでは無くて・・・いや、あ」
「本当に、愚かな甥だ」
メヒを追うのだと言っていた甥ゆえに、慕う者への表現を間違えて表してしまっていたという。
周囲はヨンがウンスを見た時から無意識に目で追っていた事に気付いていた。亡くなったチャン侍医でさえ、それに気付いており更にはウンスが何時もヨンの事を話していた為、死ぬまで己の気持ちを口には出さなかった。
すまんな、チャン侍医。
お主が拾って来た時にヨンの話をしているウンスを見て、もしやと思い先見の話を拒否はしなかった。
やはり、帰って来たヨンがウンスを見て気に入ったのだとわかり、内心手を打ってしまったのだ。
タン家の約束で第一夫人としてメヒを婚族に入れていた為、ウンスは第二夫人になる事を伝えるとそこまで知らなかったヨンは愕然と放心し真っ青な顔でウンスを見ていた。
ウンスは、
「第二夫人ねぇ・・・」
とだけ呟き、その言葉にヨンはただひたすら頭を下げていた。
天下の鬼将軍が奥方には敵わないという噂が広がるのはあっという間だった。
赤月隊から使っていた師匠の鬼剣はキチョルと戦って以降使っていなかった。
剣の握りに付いていたメヒの形見も気付けば無くなっていて、ふとそれに気付いたのはウンスを典医寺からチェ家に迎える時だった。
メヒの顔が何時からか思い出せない。
何時だ?と考えているとそれはチャン侍医がヨンがいる戦の最前線にいた頃からだと気付いた。
『貴方がチェウォンジクのご子息で無ければ』
あの言葉で、自分を知る誰かがいると思ったのだ。
――誰だ?
何故そんな事を言うのか?
そしてチャン侍医の話でそれは女人だと知り、
より気になっていた。
「生きていて、嬉しいと言われた時、理性が無ければおそらく抱き締めていたでしょう」
「え?」
「俺に『生きて』と言った者は誰もいなかった。何故か泣きたい位に胸が熱くなったのだ」
「・・・別にその時言ってくれても良かったのに」
「いいえ、貴女がチャン先生の許嫁だと思っていましたゆえ、手を出すなど以ての外だと」
そう言いヨンは隣りに座るウンスの手を取り、触れるだけの口付けをした。
「あちらに帰さなくて良いですか?」
「もう帰る気ないもの」
「良かった」
そう言うとヨンは逞しい腕をウンスの腰に絡ませ、静かに寝台に倒れていった――。
とある一つの物語【後】[終わり]
△△△△△△△△△△△△
ここまで読んで下さりありがとうございました😊
長々とした部分や要らんなという部分は省きました。無くても短編として読んで下されば嬉しいと思っております♥️
あいだあいだ点々と省いた部分もあり、
何時かどこかにそれが載ります。
(あと、その間に起こった出来事も🙂)
気になる方のみお知らせする形です。
(まだチャンビンが生きていた時の話ですから、3人のドタバタが・・・)
珍しくチャン先生が終始可哀想な役割に😭ごめんよ、先生。💦
🌟🌟🌟🌟🌟🌟
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