※少し原作やドラマに被る部分がありますが、あくまでもこの話は“蝶が舞う~の中の二人”ですので、そのつもりで読んで頂けるとありがたいです。
ヨンはゆっくりと目を閉じた。
丹田には何時でも表に出せる様に内功を溜めている。
俺はあの時、極度の空腹と怪我で死んでいたのだろうと思う。
あのまま動く事も出来ず暗闇の中で野犬に食われていたかもしれない。
では助かったとしたら?目や身体に弊害が残っただろうか。
そうなったら、永遠に後ろを振り返っていた。
俺はお前に命を救われた。
だが。
――それを捨てる覚悟を持ったと言ったら、お前はまた泣くだろうか?
何手先を幾つも考えたが、自分が負ける想像が中々消えず練気で集中し振り払う。
刺し違える覚悟も既に出来ている筈なのに。
――何に対して自分は不安なんだ?
あの方が、一人になってしまうからか?
自分が消えた後誰かに寄り添い、何時か開く天門でも待つのだろうか?
それが邪念だと思うのに、離れない。
は、と短い息を吐きヨンは腰を上げた。
もうキチョルの気配が直ぐ傍まで来ている事は気付いている――。
――この男さえ斬れば。
きっとあの方は一人で天門になど行かなかった。
自分を遠ざけ笑う事もしなくならなかった。
いや、でも辛いと泣いた原因が俺のせいなのも知っている。
・・・申し訳ない。
助けて貰ったこの命をお返しする故、
・・・だから、また笑って下さい。
「・・・チェ尚宮?」
「誰も近付けさせるな」
「は、はい」
近付いて来た女人に警戒したトクマンとウンスだったが、チェ尚宮だとわかると安堵の息を吐いた。
しかし、チェ尚宮はウンスだけを連れて行ってしまい、どうやら用があったのは自分ではなく医仙様の様だ。
「・・・」
何故か、トクマンは嫌な予感がした。
チェ尚宮の小さな背中が、何時もより緊張している様に感じるのは気のせいか?
「・・・は?」
チェ尚宮の話ではおそらく徳成府院君キチョルの所に行ったという。
「え?どうして・・・」
そこでウンスは言葉を止めた。
私は彼に質問をした。
戦ったら勝てるのか?と。
だが、彼は負けますと躊躇無く返して来たのだ。
わかっている筈なのに、
何故そんな無謀な事をしに行ったのか?
眉を顰めたウンスに、チェ尚宮は表情無く話し始め、それは彼には数年前亡くなった許嫁がいたという話だった。
その後抜け殻の様になった彼は酒を飲んでは喧嘩が起こるとその中へと飛び込んで行くか、でなければ部屋に籠り一日中寝ているという荒んだ日々を過ごしていたという。
愛する人が亡くなったのだからそんな人もいるだろう、ウンスはふと感じていた。
「・・・だが最近は目に光が戻り、何かを成し遂げんとする意思さえ感じておりました」
「・・・」
「・・・あの者に信じないと言いましたか?
・・・守らなくて良いと言いましたか?」
チェ尚宮の問うて来る言葉の意味はまだ理解出来ていない。しかし、聞く度に心臓がキリキリと苦しくなるのはどうしてなのか?
――止めて。
私の言葉で左右される様な人では無い筈よ。
歴史に名を残す程の偉人なのだから、そんな弱い人では無い・・・。
しかし、チェ尚宮は言う。
「・・・あの子は死に場所を探しているのです」
――私が助けた命を、“無”にしようとするの?
あぁ、また泣きたくなる程の後悔を私は抱いていくのか?
薄い毛布に大きな身体を包み目に包帯を巻いた青年が、
無表情で此方を見ている姿がウンスには見えた気がした――。
早く着いてとばかりに、覚えたての乗馬でウンスは強い風を浴びながら馬を走らせる。笠もいつの間にか無くなっていたが、そんな事はどうでも良かった。
彼を避けたのは自分の苛立ちだけでは無い。
あの人達を守る為でもあった。
それでも意地になっていたかと問われると、否定が出来ない事も確か。
「あなたはそんなに弱かったの?!」
浴びる向かい風の中、思わず声を上げてしまう。
誰に対して言ったのか?
自分にか、――はたまた彼か。
この時代の決闘の止め方も知らない私が行ってもどうにもならないのに。
だが。
「医仙様なら・・・」
死を覚悟した彼を止められるとでも?
そんな事わからないわよ!
そう思うのに、チェ尚宮に言われるがまま自分は馬に乗っていたのだ。
――・・・どうか、間に合って!
町中に入って橋の近くに行くと見知った頭を見つけた。彼も気配で気付いたのか、ウンス側に振り返り身体を跳ねさせ大きく手を振って来る。
「あの人は?」
「あ、あっち、あっちに一人で・・・」
「ありがとう!」
テマンが慌てて指差す方向は、道沿いに灯りさえ無く暗闇が続いている。一瞬躊躇し足を止めてしまったが、彼がいるというのだからこの子の言葉を信じるしかない。
ウンスは家々が建ち並ぶその静まり返った暗闇に向かい走り出した――。
向かった先から土を激しく踏む音とぶつかり合う金属音が聞こえ、ウンスは喉が更に渇いていく気がした。
うっすらと家の明かりで見える二つの黒い影が、凄い速さでぶつかり、離れ、また向かい合うとどちらが早いかと剣を振り上げる。
「止めて!」
ウンスの叫びに二人の動きは止まり、顔を向け驚いている様だった。
「医仙?」
ヨンの瞳は何故ウンスがここにいるのか?と語っている。
――あなたって人は・・・!
そんな彼にウンスは腹立ち、悲しくもあった。
自らの首に小刀を当て、
「これ以上何かするのなら、私にも考えがあるわ!」
「・・・」
キチョルもウンスがそこまでするとは思っていなかったのだろう。ゆっくりと手を下ろしヨンも剣を下に向け、漸く二人から力が抜けるのを感じた。
やはり徳成府院君キチョルはウンスに対しての執着と、以前ウンスが発した言葉の意味を知りたいというものだった。
先の高麗とキチョルの運命とを知るウンスを欲しいと言う。
「・・・」
ヨンはギリと再び剣を握り締めたが、ウンスはでも、と言葉を放った。
「私はそこまで詳しく知らないわ」
「いいえ、貴女は知っている。私の死も知っていたのだから・・・私は何時死ぬのです?」
高麗末期の事を隅々まで勉強した訳では無いない。しかし確かにこの男は朝鮮時代前には亡くなっていた筈だ。
「・・・4、・・・5年・・・」
「・・・その後も王は玉座にいるのですか?」
「・・・ええ」
「では、私を殺すのはあの王だ」
そんな遠い未来でも無い年数にキチョルの空気が再び冷えていく。だがキチョルはヨンを睨んだ後、薄い唇を歪ませ自分は諦めないと吐くと、ウンスに自愛する様言い去って行った。
キチョルの足音が消えると、風も無いそこは静寂に包まれていた。
離れた場所にいたヨンはウンスに近付きまだ首に当てていた小刀を引き離し、漸く我に返ったウンスを睨み付ける。
「・・・正気ですか?首に刀を当てるなど!」
「・・・」
彼が怒っているのは声で直ぐわかった。
だけど、彼の内もウンスにはわかる気がし、溜まっていた怒りを全て吐き出す事は出来なかった。
「・・・刺し違える覚悟だったのでしょう?」
ウンスの言葉に、ヨンの眼差しが揺らぎ逸らされる。
「でも、貴方が死んだら私は自分を責めるわ。
・・・その痛みを貴方は知っているでしょう?」
きっと私は自分を責め続ける。
青年がこの男性に変わり、まるで自分の中に消えまいとしているかの様に、永遠と私の中に後悔と一緒に残っていくのだろう。
自分の言葉が彼に響いたのかはわからない。
ただ彼は、
ゆっくりと下げた瞳をウンスに合わせていったのだった――。
㉔に続く
△△△△△△△
次回も何かが被る場面・・・でもあくまで蝶🦋の二人なのよ。丁度良いとこで切れた気がする・・・、多分。
🐱ポチリとお願いします🐤
にほんブログ村
🦌🦅🦮🐧🦊🐈🐥~🎤✨✨まだまだツアー中🌟
