※少し原作やドラマに被る部分がありますが、あくまでもこの話は“蝶が舞う~の中の二人”ですので、そのつもりで読んで頂けるとありがたいです。
――はぁ。
気付くと無意識にため息が出てしまう。
ウンスは眉間に少しの皺を寄せ、ヨンの左手に布を巻いていた。診療所にある様な綺麗な物でも無く、巻いた傍から薄く血が滲み始めてもいて、それを見て喉まで来る意味の無い言葉を吐き出しそうになり強く口を閉じた。
――・・・どうして、私は何時もこうなのかしら。
自ら進んで助けたいと思う行動は、こと如く避けられ否定されてしまう。
現代では患者が自ら救済を求めて来ていたから、わからなかった。発展した器材に囲まれていたから出来た手術や治療だったのだ。
・・・では、私には何があるのか?
この時代に連れて来られ、思い知らされていく気がした。
「・・・戻ったら、綺麗な包帯に変えた方がいいわ」
「・・・」
黙ったままのヨンの隣に座り、ウンスはそう呟いた後少しぼんやりと前の暗い景色に目を移した。
この人は刺し違える覚悟だった。
では、それが失敗に終わった場合どうするつもりだったのか?目の前の事から逃げた訳では無いと思う、私とこの国の事を考え・・・きっと考え過ぎたのだろう。
・・・自分が余計な事まで、考えさせてしまったのかしら。
これまで彼が望む事を出来てきた実感が私には無い。あの子も、違う医者だったら助かったのかもしれない。
・・・私はこの地で何が出来ていたの?
ガラガラと崩れ落ちそうになっていく自尊心を意地で抱え込んで横を見ると、彼の右手が白く固まっている様に見える。
確認しようとしたが、一瞬彼は強ばらせ手を引く。それでも無理に取り、握り締めると指先まで冷たくなっていた。
――これは・・・。
「凍傷ね、無理に動かさないで・・・」
自分がいた場所でそんな患者が来た事はあまり無かったが、この冷たい手に再びあの思い出が頭を掠めて行く。
「・・・お湯でもあればいいんだけど」
そんな物は傍には無いしお湯一つ沸かせも出来ないじゃないと彼の手を両手で挟み込むと、内側からも温かみを感じる事が出来ず思わず強く握り締めてしまう。
――・・・結局私はこんな事しか出来ないのだわ。
なのに、彼は命を捧げようとしたのよ。
自分の手の平の体温だけでは足りないと、
ウンスは包み込んだ彼の手に、
静かに温かい息を吹き掛けた。
『触らないで』
この方から言われた言葉が、自分の中で随分と深く刺さっていたらしい。
キチョルの内功を受け冷たくなった手を握られ、ヨンは思わずその手を引いてしまっていた。
これ以上傷付かない様に、これ以上自分に向ける眼差しが冷たくならない様に。
この方に近付けなくなった自分は、ではどうすれば良いのか?と考えたがこの始末だ。
再び手をウンスの方へと寄せられたが、細くしなやかなのにその心地良さにその温もりをもう少し欲しいと引けず、反対側へと顔を向けていた。
ウンスの手は本当に力仕事などした事もない程に細く、だが絹の様な肌触りでとても温かい。
昔初めて触った女人の身体もあまりに滑らか過ぎて、ずっと触っていたのをこんな時なのに思い出してしまった。
――あぁ、俺は命をこの方に返しその天女に会いに行こうとしていた筈だった。
だが、途中から置いていくこの方も惜しくなり迷いが取れなかったのだ。
自分を恨み、笑い掛けなくなっても少しは前の様に戻ってくれるだろうか?
自分は何を期待していたんだ。
その時。
ハッと包まれた手に何かが落ち、ウンスを見ると顔を隠す様に髪が垂れ下がって表情が見えない。
――でも。
先程からウンスが吐く息が微かに震え、短くなっている事に気が付いていた。
「・・・・・」
左手を上げそっとウンスの垂れた髪に触れた。
びくりと震え先程の自分の様に顔を引かれてしまう。
あぁ、離れないで欲しい。
ツキンと心臓が痛んだが、少し早鳴ってもいる。
指でそうと髪を上げると、ウンスからふわりと香りも一緒に漂って来た。
傍に寄ると必ずウンスからするそれ。
キチョルの屋敷に助けに向かった際に頬に触れて来た時も、肩を貸すと言われた時もウンスが動く度にしていた香り。
――・・・やはり似ているな。
だから、あんな昔の事を思い出してしまう。
髪を上げ少し耳に掛け見えた表情にヨンは更に苦しくなる。
やはり、ウンスは泣いていた。
『貴方の為に泣きたくない』と言ったこの方は再び自分のせいで泣いたのだ。
この方に命を渡そうとした事さえも怒り、悲しませてしまった。
「――・・・そういう術しか、知らないのです」
残されたこの方が自分の様に苦しむのだと言われ、先に行かれた私はどうすればいい?と問われ、違う選択がまだあったのだと今更になって気付くとは――。
――この方が自分を許してくれるなら。
「・・・無駄に命を掛ける事はもうしません」
逸らした瞳をウンスに向けると悲しい眼差しで此方を見て来た。
・・・自分は、離したくないと思う者程泣かせてしまうのだろうか?
あの時見えていなかった筈なのに、天女の顔がこの方に重なっている。似てる髪にまた触りたいとさえ思う程に・・・。
あぁ、確かにあの時も俺は天女にこう言っていた。
「だから、・・・泣かないで」
――確かに、
・・・こんな俺の為に貴女が悲しむ必要はないのです。
「だから、・・・泣かないで」
「・・・・っ」
低く囁く様なヨンの声はあの青年によく似ており、一瞬18歳の自分に戻った様な錯覚を起こしてしまう。
何も出来なかったと泣いた自分を抱き締め、助けられたと青年は優しくそう言っていた。
目を開けていなかったが、眉を少し下げていて彼も今のヨンの様に少し困っていたのかもしれない。
18歳の自分と、30歳になった自分。
私は再び同じ事をしていた。
「・・・ごめんね。
私は何時もこんな事しか出来なくて・・・」
無意識にあの時の言葉が口から漏れていた。
謝ったのは、あの時の青年か。
それともこの人にか。
「・・・・・・・・え?」
しかし、
何故かその言葉に隣りにいたヨンは小さく声を出し、そのまま硬直してしまった。
彼の瞳は先程からずっとウンスに向けられているが、その瞳が徐々に違う感情も含んだ様に感じウンスも彼を見返してしまう。
此方を凝視していたヨンは、徐々に目を薄め眉も寄せ始めている。顰めた表情に変わり、自分の発言に何かあるのか?とウンスが聞き返そうとすると、
唐突にヨンは布を巻いた左手を自分の顔に持っていきゆっくりと顔半分を隠していった。
だが、指の隙間から見える目はまだ開いたままでジッとウンスを見つめている。
「・・・?」
・・・どうしたというのか?
何の灯りも無い建物の端にいる為、お互いの顔も離れた家から漏れる光で漸くわかるというのに更に手で隠し、その影にヨンの顔もウンスには見辛くなっている。
なのに、まだヨンはそのまま顔半分を隠し、ウンスを見つめていた。
少し間の後、具合でも悪くなったのか?とウンスが尋ね様としたが――。
「・・・具合でも―」
「匂い」
ヨンがぽつりと呟いた。
「え?」
――匂い?
「何時も?何時とは・・・?」
「・・・は?」
だから、あの子の事や・・・。
「・・・・あの時も、『お前に助けられた』と俺は、言った・・・筈」
「・・・・・え?」
どくんとウンスの心臓が一際高く跳ね、次の言葉が出て来ない。
――・・・それは、あの青年が言った事であり、この人では無い。
だが、暗闇の中話すこの人の低い声と、言葉とが目を開けなかった青年に重なってしまい、
ウンスもまたヨンの目から逸らす事が出来ないでいた。
ヨンはウンスの言葉に、
一瞬この場所が山小屋に変わった気がした。
天女に似た香り、滑らかで温かい手の温もり、柔らかい髪、高い筈なのに落ち着く声。
泣かないで欲しい。
自分はウンスに言ったのであって、昔の天女にでは無い。だが、見えなかった筈の狭い小屋の内部まで見えたのだ。
「・・・ごめんね。私は何時もこんな事しか出来なくて・・・」
――・・・またそれを言う。
いや、違うだろう。
この方では無い。
言ったのは天女だ。
しかし、何故か天女が再び謝って来た様に見えた。
似ているから。
「匂い」――が。
「え?」
無意識に出ていた声にウンスが反応していたが、ヨンはそのまま言葉を続けていた。
「何時も?何時とは・・・?」
あの時も俺は言った筈だ。
「・・・『お前に助けられた』と俺は、言った・・・筈」
そこまで言い、ヨンはぴたりと言葉を止めた。
自分は一体何を言っているのか?
この方に昔の話をしても困惑するだけだと――。
「・・・・・・・目?・・・・まさかよね?」
しかし、予想しなかった言葉がウンスからも返って来て、ヨンの思考は再び停止してしまったのだった――。
㉕に続く
△△△△△△
次回㉕は最終話。(あら、キリが良い🐥)
今夜22時に更新します(*^^*)✨👉
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