君に降る華(8)
「・・・・・」
机の上に置かれた蜜柑という果実を眺めながら、ヨンは肘を立てた手に顔を乗せ顰めた顔になっていた。
袋の中にはその倍入っていたのだが、宮殿に戻りチャン侍医に幾つか渡してしまい、それでも残りは寝る前に食べる事にしていたのだが既に果実は残り2個になっている。
確かにユウンスが言う通りにこの果実は甘く汁も多かった。あまり水気のある果実はこの地では見た事が無かったが、チャン侍医の話では元にも似た様な果実を見た事があるという。
「木になる実でしたが、食べた事はありません。どちらかと言うと汁を使い香油や漢方に使用しておりましたし、高麗でも食するよりは薬材として使っています」
そう言いながらも、ヨンの言われた通りに皮を剥き一つ口に入れたチャン侍医は目を丸くして、残りの果実を見ていた。
「・・・知らない味だ」
この国の果実は青臭さがあり、汁自体も苦味がある為とても食べる気にはなれないらしい。
「これを何処で?」
チャン侍医がヨンに向き問うて来たが。
「知らん、貰っただけだ。直ぐ何処かに消えてしまったがな」
「そうですか」
残念そうにため息を吐いたチャン侍医を無視し、残りを袋に詰め兵舎に戻って行った。
誰からとは言っていない。
言った所で、あのチャン侍医が信じ無い事もわかっている。
あれからずっと空は曇り、さらさらと雪が降り続いている。
晴れたら来ると言っていた。
天候が同じだとすれば、天界も今は雪が降っているのだろうか?ヨンにはわからず首を捻ってしまうだけなのだが。
――天界か。
メヒは天界に行けたのだろうか?いや、天国とはまた違うのか?
そもそも赤月隊にいた者達は天国へは行けたのか?
地獄でなければそれで良い。
ただ安らかな場所に行って欲しい、何も苦しまない場所。
・・・そうなるとやはり天界になるのか?
自分には天界の入口は見えなかった。
まだ見えぬのか、見る資格が無いのか、それなのに自分は天界の女人を諭したらしい。
人に何かを論じる程大層な生き方をした訳でも無い自分が、他人から礼を言われるとは。
「・・・ユウンスが半人前だから出来たのかもしれない」
ふと廊下から感じる気配にため息を吐く。
またこんな役目ばかり。
荒んだ気持ちが微かに晴れたというのに、実情は何も変わらず小間使いの如く扱われている。
椅子から立ち上がり、ふと机の上の蜜柑の一つを懐に仕舞い込んだ。
「途中で食うか」
ヨンは部屋の扉を開けると、廊下にはトクマンが既に入口迄来ていた。
「用意は出来たか?」
「はい」
「はぁー、じゃあ行くぞ」
「はい・・・」
顰めた顔のヨンに焦るトクマンが後に続き、階段を下りて行くのだった――。
ヨンは木に凭れ、腕を組んで空を見ていた。
ふと異変を感じ、顔を木々に向けるとあの白い霧とも濁りとも言える蠢く膜が現れて動き始めている。
「・・・・・」
少しの緊張はまだあのユウンスを疑っている訳では無く、別の者が来る可能性も多いにあると考えたからだ。
横に立て掛けていた鬼剣を握り、ジッと様子を見ていると激しく動いていた霧からするりと白い手が出て来たが。
「・・・また何か持って来たのか?」
剣を置き少し近付くと、片手に茶色い袋を持ったウンスが現れた。
「・・・ん?あ、いた、良かったわ」
「何も持って来なくて良い」
礼はもう受け取ったのだ。
「違うわよ、私が食べたかったの。焼き芋、知ってる?」
「・・・?」
茶色い袋から取り出した長細い芋に、再びヨンは知らんと言ってウンスを見る。
「甘くて美味しいわよ」
「また甘いのか?」
天界は甘い食べ物しかないのだろうか?
「私が甘い物が好きなの!」
“好き”の意味がわからなかったが、ウンスの話を聞くうちに気に入った意味だと気付いた。
「蜜柑どうだった?」
「・・・美味かった」
「良かったわ!」
お父さんが作ったのだから当然だと微笑むウンスを見下ろしていたヨンだったが、小さく咳をすると顔を横に向けた。
「・・・この前任務として大臣の親子を護衛した話なんだが・・・」
――何故、自分はこの女人に話をしようと思ったのだろうか?
周りに言えない何かを吐き出したかったのか。
はたまたこの女人の時の様に、逆に自分に論じて欲しかったのか。
近くにある倒れた木に腰掛け、ウンスが持って来た芋を頬張りながらヨンの話を聞き偶にウンスが相槌を打つ。役目の話を始めたヨンは徐々に、日頃の鬱憤をも吐き出していた。
「もう少し、言葉を理解して動けないのかと思う。それに俺は本来指示をするのが苦手なんだ、副隊長のチュンソクが彼奴ら共長い付き合いなのだから向こうがやればいい」
既に食べ終わったヨンは、腕を組んで顔を前に向け話している。隣りのウンスは芋を頬張りながら頷き
、なるほどねぇと声を出した。
「でもチェヨンさん、凄いわね。その歳で隊長だなんて」
「違う。監視の為の役職だ」
「ふーん?」
「赤月隊の生き残りは俺だけだ。しかし、謀反を起こせば即処刑だと何時も近くで脅しを掛けて来る」
自分は繋がれた家畜と変わらん。
ただ誰かがいれば、こんな人生では無かったかもしれない。
「・・・メヒがいれば」
「メヒ?」
「同じ部隊だった。将来を誓った事もあった」
「・・・まぁ」
ヨンの過去形の言葉にウンスはそれ以上は何も言わず、ヨンと同じく前を向いたまま黙っている。
「・・・天界と天国は違うのか?」
ふとヨンが前を向いたまま尋ねて来てウンスは、ちらりと見たがまた前を向く。
「違うわよ」
「なら、血に染まった者は天国へは行けぬ。メヒを天界に行かせて欲しい。他の皆も」
半人前のウンスが持ち運べるのだから、食べ物の苦労は無いだろう。それに、自由に歩いているのだ、監視等も無い生活があるかもしれない。
「・・・いると思うわよ?きっと何かに生まれて、働いたり、遊んだり、生活しているんじゃないかしら?」
どんな顔かは知らないから、すれ違ってもわからないけど。
ヨンの瞳は真っ直ぐ前を向き、白い床から生える木々を見つめたままだったが、
「・・・行かせてくれるのなら、それで充分だ」
一雫だけ水滴がぽたりとヨンの足元に落ちたのだった――。
(9)に続く
△△△△△△△
・・・ヨンも何かは晴れただろうか?(*´`)
・・・ウンス、それは餌付けと・・・
あれ、これ何処かで~笑