そろそろ起きなければと布団野中でゴソゴソしていた朝。
海の方向からゴーッという音とともに、下から突き上げるような衝撃。
まるで、洗濯機の中にいるようだと思いました。
本棚が倒れ、ガラスが割れて、部屋の中はぐちゃぐちゃ。
母親の叫ぶように私を呼ぶ声に気づいて、母親のいる和室に移動。
玄関は曲がってしまい、開けられなくなっていましたが、父親が足で蹴って開けました。
風邪をひいてはいけないと、母親に毛布でぐるぐる巻きにされ、エンジンをかけた車で待機。
近所の人たちも家にいては危ないと、焚き火をしながらラジオを聴いていました。
私は車のTVで目覚ましテレビを見ていましたが、地震の話題はまったくなく。
しばらくすると、ようやく阪神高速が倒れている映像が・・・。
ショックでショックで、母親と一緒に泣きました。
あれから15年も経って、高校生だった私はあの頃なんとなくなりたかった看護師になっています。
毎年、この1月17日に亡くなった友人を思います。
なんとなく看護師になりたかった私が生き残り、どうしても保母さんになりたかった彼女が亡くなりました。
万博記念公園に遠足で出かけて、コスモス畑で写真を撮りました。
天国ってこんな感じかなと笑いながら話したのをよく覚えています。
週末に旅行するんだと嬉しそうにバイバイしたあの日が最後のバイバイでした。
今の私は彼女に誇れる私になれているでしょうか。
私は1月17日を決して忘れません。
