久しぶりに人前にでると、とたんに話せなくなります。

頭の中にモヤがかかって、何を言いたかったのはわかりません。

深呼吸なんてその場でできたら、もう話してると思います。

 

人の目が辛い。

目にみえなくなってくるのです。

突き刺さる、その目の玉が。

こわくて、こわくて、仕方ないのです。

 

「やばい」

だいだいこれで会話が成立します。

 

私たちに複雑な説明はできません。

する必要もありません。

上の“できるやつ”が作ったマニュアルがありますから。

 

私たちに深いコミュニティーを作る必要はありません。

その一瞬をともに笑うが画面越しの誰かがいれば、一瞬は満足できますから。

 

私たちに難解な言葉は操れません。

必要性もなければ、その気力すらないのですから。

 

風俗店で働いた女性教員が「不適切な行為」として、懲戒免職処分となりました。

 

数ある職業の中でも比較的短時間で稼げる職業です。

副業はなぜダメですか?

外で異性をむやみに襲ったらだめですか?

性的衝動をどう解消したらいいですか?

 

お金が必要なのに、お金を稼ぐにはどうしたらいいですか?

だれにどんな迷惑をかけましたか?

「不適切な行為」とはなんですか?

私たちは「不適切な行為」から産まれ、そして求めます。

 

私たちは完璧な生き物ではないのに、他人には完璧な生き物であることを求める生き物です。

結婚はゴールではありません、スタートです。

 

私たちは学べない生き物です。

まるで御伽噺のように、「王子様とお姫様は結婚をして、幸せになりましたとさ。めでたしめでたし。」が、結婚だと思っている生き物が私たちです。

 

想像してください。

生きるためには衣食住が必要です。

それには知識や経験、金、他人が必要です。

そしてそれらのやり取りは、体力を消耗し、神経をすり減らし、日々衰えていく肉体と責務に耐えながら、私たちは生きていかねばならないのです。

前任者が残していった負の財産を背負う若者たちは、未来へどんな希望がもてるのでしょうか。

 

私たちは結婚できない生き物です。

 

 

 

 

包丁は人を殺せます。

車は人を殺せます。

でも、包丁も車もなくなりません。

 

「ルールを守れば大丈夫」

本当にそうでしょうか?

 

この世には、交通事故を減らす方法がいくらでもあります。

それは、ルールはもちろんですが。

車を乗らないという究極の選択肢もあれば、事故を起こしにくい車もあります。

 

何故、その選択肢を選ばないのですか?

金ですか?

好みですか?

自分の生活を優先するからですか?

 

私たちは、学べない生き物です。