それは甘く、けれど切ない想い。
BOX"R"の撮影が順調に進み、久しぶりに屋外での撮影。
休憩がてら、次のシーンの台詞を確認しようと静かな場所を探していると遠目に見知った顔を見つけた。
「社さん、おはようございます」
本当は小走りで駆け寄りたかったキョーコだが、今は『ナツ』なので慌てずゆっくりと近付いて挨拶をする。
名前を呼ばれた社は振り向いて一瞬目を見開くが、ふわりと笑って挨拶を返した。
「キョーコちゃんもこの近くで撮影?」
「はい。敦賀さんもですか?」
「うん。単発ドラマなんだけど」
「…でも姿が見えませんね」
辺りを見渡しても、社の担当俳優である蓮の姿は見当たらない。
小首を傾げて「休憩中ですか?」と尋ねたキョーコに少し困った顔をした。
「今共演者がリテイクの連続で時間が掛かりそうだから少しの間だけかもしれないけど、休ませてるんだ」
最近忙しくて碌な睡眠時間が取れてないからね。
そう言った社の顔にも疲労が見える。
右手には既にゴム手袋がされており、携帯が握られていた。
いつでも呼び出せるようにしているのだろう。
「でもそろそろ終わりそうだし…。キョーコちゃんさえよければ蓮を呼んできてもらえるかな?」
「私が、ですか?」
「休憩中で悪いと思うけど、あっちの木陰にいるから」
社が指した方角には確かに小休憩するには十分の木陰がある。
ここからは死角なのか、蓮の姿は見えなかった。
「わかりました」
「ありがとう。助かるよ」
蓮がいる木陰に向かって歩き出したキョーコの後姿を見つめながら社はニヤリと笑う。
(ふふふ。これで蓮のやつかなり充電できるだろ)
* * * * *
「敦賀さん、起きて下さい」
キョーコが、一声掛けてみるが身動ぎもしない。
普段なら他人にこんな無防備な姿を晒さないのに、と心の中で呟き小さく溜息を吐いた。
ゆっくりとした動作で蓮の顔を覗きこむ。
今度は軽く肩を揺すりながら名前を呼ぶキョーコに、蓮は瞼をぴくりと動かしただけだった。
「…もしかして狸寝入りしてるんじゃないですか」
そういって鼻を抓んでみるが何の反応も返ってこない。
これは本格的に寝ているようにみえるが、相手はアノ『敦賀蓮』である。
でも、本当に寝ているなら―――。
「早く起きないとキス、しちゃうわよ」
『ナツ』が憑いているせいかキョーコらしからぬ大胆な発言をして、じっと蓮を見た。
呼吸をするためにうっすらと開いた唇に、吸い寄せられるように顔を近づける。
唇同士が触れ合うまであと少し。
触れる寸前、『ナツ』はその隙間に人差し指を滑り込ませ、蓮の唇の押し付けた。
むに。
些か色気に欠ける音に、蓮の目が開く。
「………何で指なのかな」
「やっぱり狸寝入りだったんですね」
「折角最上さんからキスしてもらえると思ったんだけど、残念だな」
「あたしの唇は高いから、そう簡単にあげられないわよ」
夜の帝王一歩手前の雰囲気を醸し出す蓮に対抗すべく、『ナツ』は妖艶に哂った。
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「俺と最上さんの仲なのに?」
「あたしと敦賀さんは、ただの先輩と後輩ですよ」
「俺はそれ以上でも構わないんだけど」
「ふふ。敦賀さんは冗談がお上手ですね」
「冗談じゃ、ないんだけどな」
「社さんが呼んでましたよ。早く戻ったほうがいいんじゃないですか」
「仕方がないね。今日はこれぐらいにしておくよ」
そう言って起き上り「またね、最上さん」と離れていく蓮の後姿を見送り、姿が見えなくなるとキョーコは蓮の唇に押し付けた人差し指を見つめた。
少し濡れた柔らかい感触がまだ残っている。
そして音を立てず人差し指に自分の唇を押し付けて、キョーコは艶やかに笑んだ。
貴方に内緒の口付けを