その笑顔は演技か否か。
社さんが事務所で打ち合わせがあると言ったので、もしかしたら彼女に会えるかもしれないと思ったのがいけなかったのか。
次の仕事まで時間に余裕があったから、とか無駄な言い訳なんて考えずに別行動で先に現場に行けばよかったと思っても後悔は先に立たず。
俺の視線は、ただ一点に注がれていた。
LME事務所の正面入口を入ると、ロビーには大画面スクリーンと所々に小さなテレビが設置されている。
所属する俳優・女優、タレントにアーティストのあらゆるプロモーションがランダムに流され、それはLMEのトップ俳優である『敦賀蓮』も例外ではない。
主演の映画、ドラマのCMが流れるのは当たり前。
いつもなら気にもしないで通りすぎる大画面スクリーンに、現在片思い中の彼女が映し出されていれば無意識に足も止まる。
隣を歩いていた俺がいないことに気付いた社さんは足を止めると「どうかしたか?」と言って振り向いた。
社さんの問いかけは聞こえていたが、返答する余裕などない。
返事がないことを訝しむ気配を感じたが、俺の視線がスクリーンに向けられていることが判ると数歩あいていた距離を詰めて隣にたった。
「今売り出し中のアーティストのPVがどうかしたか?」
「…あれ、最上さんですよ」
「え。本当に? というかアレだけで判るのか蓮…」
社さんの呆れた声は聞かなかったことにしてその間も流れ続ける映像をただ見つめる。
最初に目にしたのが丁度始まったところだったのだろう。
一人暮らしの女の子らしい可愛い部屋に、けたたましい目覚ましの音が鳴り響く。
ベッドから無造作に伸ばされた腕が目覚ましの音を消すと緩慢な動きで時刻を確認して、慌てる可愛いパジャマ姿の女の子。
クローゼットから服を何着か取り出し鏡に向かって合わせるその姿は、これからデートだというのがよくわか日常の一コマ。
慣れた手つきで化粧をして、バッグを肩にかけ手には携帯。
高めのヒールを履きながら電話をする相手は物語上の『彼氏』なのだろう。
何度目かのコール音が途切れた瞬間に、軽快な音楽が流れ出した。
「コレだけでキョーコちゃんだってわかるか、普通…」
「そうですか?」
「だって今まで流れた中で、キョーコちゃんだって判る映像あったか?」
「…」
そう言われれば、そうかもしれない。
先程も、今も流れている映像には女の子の顔は出ていない。
出ていても目や唇のパーツのアップのみで、あとは後ろ姿、手に腕や脚などが主だった。
鏡に映し出された姿さえ、顔を判別できないアングルで撮られている。
歌詞に合わせて物語は進み、一組のカップルが初々しいデートを繰り広げていた。
どちらかというと『彼女』が積極的で『彼氏』を翻弄しているように見える。
手を繋げる距離間だが『彼氏』の手は戸惑い『彼女』の手に触れることはない。
奥手な『彼氏』だが、一瞬流れたのは『彼女』の胸元。
その視線に気がついた『彼女』は『彼氏』の腕に抱きついた。
「れ、蓮。顔がヤバイぞ…」
チラリと映された谷間のある胸元にドキリとした瞬間、それが押し付けられた相手役に殺意を抱く。
(私生活、ましてや演技ですら俺はされたことないのにっ!)
ざわりと嫉妬に包まれる気配を感じて社さんが諌める声が聞こえる。
どうにかして『敦賀蓮』を保とうするが、彼女の振る舞いがそれを許してくれない。
演技だと理解していても、こんなにも胸が締め付けられる。
本当にどうしようもない病だと思った。
『彼氏』の耳元で優しく話しかける仕草。
少し潤んだ瞳で上目遣いをして見つめて、何かを催促するように語りかける。
直接的な映像はなく、代わりに映し出されたのは影が重なるシーン。
そして照れた『彼女』が『彼氏』に背中を向けて数歩先に進む。
足元だけ映されたその映像、歩いていた足が止まるとくるりとターンをして振り返る動作。
最後に映し出されたのは、恋をする女の子の笑顔だった。
最後の最後に出てきた彼女の笑顔に、身体が熱くなる。
あまりにもその笑顔が綺麗で、可愛くて彼女と恋愛をしていると錯覚してしまう。
「気持ちは分かるが、顔崩すなよ」
「…はい」
「PVは椹さんに言ってもらってやるから」
「お願いします」
「それにしても小悪魔っぽいキョーコちゃんも可愛いな。また馬の骨が増えるだろうな~」
頑張れよ、と言いながら肩を叩く社さんに苦笑しか返せない。
彼女の仕事が増えるのは嬉しいことだが、それに比例して馬の骨が増えるのが最近の悩みだ。
牽制するのにどれだけの苦労しているのかということを彼女に言えば、少しはマシになるのだろうか。
些細な仕草ですら心揺さぶられ、締めつけて苦しくなる。
なのに笑顔ひとつでこんなにも幸せな気持ちになるなんて、でもそんな自分も悪くないと思ってしまう程に重症だ。
恋の病