幼い頃の記憶など、時とともに薄れていくものだけれど、セピア色になったとしても忘れることなどないだろう。
君と初めて会った、あの時を。
大人の後ろに隠れて、でもこちらを窺うように覗く顔。
キラキラと瞳を輝かながら少し舌足らずな声で言った。
「わたしキョーコ。おにぃちゃんは?」
親の仕事上、同年代の子供と接する機会が極端に少なく、年の割には随分と大人びていたと思う。
両親もそれを心配したのか知らないが、兎に角キョーコと仲良くするようにと言われた。
妹ができたみたいで嬉しくて素直に頷くと、ホッとしたように両親が微笑む。
いくら大人びていても、やはりあの時の俺は幼子でしかなく、難しい大人の事情など分かるはずがなかった。
キョーコと対面した日の夜、ひそひそと話す両親の会話を盗み聞きしてしまった。
全ての内容を理解することなんて出来なかったけれど、それでも分かることはあった。
キョーコを大切にしないといけない。
はにかんだ笑顔で挨拶をした、可愛いキョーコを僕が守るんだ、と。
久遠くんとキョーコちゃんの日常《起床編》
ジリリリリ、と耳障りな音が脳を刺激する。
眉間に皺を寄せ、その原因へと手を伸ばして音を消すと、薄目を開けて時間を確認しそれから目を閉じた。
しばらくすると階段を上る足音が聞こえて、思わず頬が緩む。
その顔を隠すように布団に潜ると、寝たふりをする。
扉を軽くノックする音に続いて起床を促す声。
少しの間、部屋の様子を窺う気配が感じられるが、諦めて扉を開けた音がした。
「久遠、朝だよ」
柔らかな声音と一緒に、そっと身体が揺すられる。
それでも起きない俺に、小さな溜息を零すキョーコ。
すると次の瞬間、布団を勢いよく剥ぎ取られ「起きなさいっ!」と怒鳴られるはずが、何故か剥ぎ取られたはずの布団を投げつけられた。
「いやあぁぁぁっ! 久遠の破廉恥っ!!」
布団を投げられたせいで、驚いて眼を開くと視線の先には顔を真っ赤にしてこちらを睨むキョーコの姿。
「おはよう、キョーコ。布団を投げるなんて酷いな」
「な、何で上半身が裸なのっ?!」
「あー、昨夜寝苦しかったから、かな」
ベッドから起き上がる俺から、キョーコは顔を背けて慌てて部屋を出て行く。
その後ろ姿を見て、思わず笑ってしまった。
(ホント、可愛い反応してくれるよね)
それこそ、幼いときはお風呂だって寝るときでさえ一緒で、仲がよすぎるぐらいにべったりだった気がする。
「少しは男として認識されてると考えていいんだよね」
歳を重ねるごとに男女の差が顕著になり、少しずつ距離が開いたことは寂しいと感じるけれど、その分異性として意識されていると思うと胸の奥で違う感情が燻る。
キョーコを守ると決めたあの純粋な想いは、今では邪で身勝手な感情へと変化していた。
それを表には出さずに、接するもどかしい日々。
真綿に包むような環境で育ったせいか、キョーコはその手の感情に酷く鈍感だった。
気付いてほしくないけれど気付いてほしい、ジレンマ。
今では着慣れた制服に着替えると、久遠は朝食の用意をしているキョーコのもとへと向かった。