お久しぶりです。
2017年春は数年ぶりに日本に一時帰国できて、生まれ故郷でパワーチャージができ、とても充実していました。季節が変わり、夏には住んでいる街でテロが起きてしまいました。そして秋、少し涼しくなってブログを更新しようという静かな力が湧いてきました。というわけで、またまた久しぶりのブログ更新ですが、よろしくお願いします。
久しぶりのブログは『道』について。。
「道」というと 「僕の前に道はない 僕の後ろに道はできる」という小学生の時に朗読させられた高村光太郎の詩の一部が頭に浮かんでくるのですが、別にこの立派な印象のする詩に特別な思い入れはなく、何なら関西弁で「そらそうやな」と心の中でツッコミするくらいです。
私にとって道といえば、大学を出たばかりの頃に見たフェデリコ・フェリーニの映画の『道』。この映画はシンプルな構成ながら、何かずしんと心にくるものがありました。喜怒哀楽の哀がひときわ際立った映画で、見ていて辛くなってしまうほどでした。その時に受けた印象を残したいと思い絵を一枚描いたほどです。そしてその後『道』という言葉からすぐに頭に浮かんでくるのはこの映画になりました。
が
最近は『道』といえば私の中では宇多田ヒカルの曲、『道』の歌詞の方が頭に浮かんでくるのです。この『道』の歌詞が心にしみます。
個人的なことですが、10年前に私の母親は他界しました。私の母はもうここにはいない。けれども今私のそばには小さな愛しい息子がいる。そしてこの子が初めて一人で二本足で歩き始めた時に、この子の母である私はそこにいた。転んだら励まし、一生懸命に歩こうとする息子のそばにいる。この曲を聴くと、自分は当たり前のように毎日歩いているけれど、歩けるように最初の一歩を見守ってくれていたのが母親だったのだなと感じるのです。
それにしても10年というスパンは「あっ」という間ですね。
自分がこの10年に歩んできた道のりを思うと色々と感慨深いです。
調子に乗ってた時期もあると思います
人は皆生きてるんじゃなく生かされてる
宇多田ヒカル
