ひとりじめ-3-【再録】 | 妄想最終処分場

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ひとりじめ‐3‐



撮影の合間、私はまたしても買い物に出かけた。


街はこの時期、歩くだけで甘い香りに遭遇するほどこのイベントに合わせたチョコレートで溢れている。

ベインデーとしてしか記憶してないこの日を、こんなに弾んだ気持ちで迎えるなんて思いもしなかった。


今年はセツカとして過ごすから、親しい方へのお礼のチョコも手渡しはできず少しさみしいような、ほっとしたような複雑な気分だった。


この日をともに過ごす敦賀さんには…悪いけれどバレンタインにチョコレートは贈らないと決めている。
だって、毎年トラックに積むほどのチョコレートをもらう大先輩。

食が細いうえに甘味を好んで食べる人ではない。


…そもそも食に対してこの人に好みを求めるほうが間違いだ。

性格から考えても、一つでも食べれば全部食べないと悪いような気がして…と一つも手を付けないのだろうと思う。


処理に困る無駄なものを渡すなんて迷惑なことをしたくない。

それが私の敦賀さんに対するバレンタインのルール。



…表向きはそう。


けれど、私はバレンタインにチョコ以外のものを敦賀さんに贈る。


気が付いてしまったのだ。
受け取ってもらえても食べてはもらえないチョコレートなら贈りたくない。


…食べてもらいたい…


ラブミー部での依頼しかり、今回のヒール兄弟しかり。


私は自分の作るものを敦賀さんが口にするということが当たり前と思っているのだ。

だから食べてもらえないとわかっているチョコレートは用意したくない。

用意したものを食べてもらえないことは、拒否されることに近い。


カインからセツカに対して、バレンタインのチョコレートの要求があったことは役柄と話の流れからは何の疑問も感じない自然なものなのに、私は浮かれていたんだと思う。


一生用意しないだろうと思っていたバレンタインチョコレート。


『食べてもらえる』ことが確定したチョコレートに、最近気づいた私の気持ちを隠して。



*****



できるなら手作りしたかったけれど、時間的にもホテルのミニキッチンの条件的にも難しい。

ただでさえ、このチョコレートは『セツカからカインに』向けたもの。

隠した気持ちは本当だけど、ここで悟られても困る。自己満足…なのだから。


撮影の間に出た買い物で、小さな生チョコレートを2種類購入した。


一つはカインに、もう一つはセツカに。

カモフラージュの意味もあり、単純に自分で食べたかったのもあり。

なんにせよ、チョコレートに隠したモノは見つかってはいけない。


それなら色んな理由に紛れ込ませてしまえばいい。


『はい、兄さん』


夕食を終えてシャワーを浴びて、あとは寝るだけ。

ラフな格好で私は冷蔵庫からチョコレートを取り出してウイスキーを傾けているカインに小さな小箱を差し出した。


『…くれないのかと思った』

『寝る前にお酒飲むでしょ?それに合うかと思って』


くすっとセツカの表情で笑って、テーブル脇のカインのベッドに腰掛ける。手元には自分用のチョコレートを開けた。

そっと盗み見ると、手渡したチョコレートはリボンをほどかれテーブルの上でその姿を現している。

目の前で食べてもらえる事実に、心が躍った。


自分のチョコレートを付属のピックで突き刺して、悟られないようにセツカを演じる。


『こんな風にチョコレートばかり売って日本って変な国ね?でもいろんな種類のチョコレートが食べれるのは嬉しいけど…』


パクリ、とチョコレートを口に放り込む。洋酒のいい香りが口に広がって美味しさに自然と顔がほころんだ。


『ん、おいしっ!』


思わずセツカじゃなく素の表情が出てしまったけれど、あまりのおいしさに…とごまかせるかしらと思いつつ、カインを見た。

同じようにピックに刺したチョコレートを齧っていた彼は驚いた色をのぞかせた表情で私を見ていた。


『兄さん?どうしたの?』

『いや…』


内心あわてつつも、セツカを取り繕って聞いてみる。

そしたら、何とも言えない表情でグラスをあおる兄の姿があった。


敦賀さんの反応に思うところはあるけれども、手にしたピックに齧られて半分になったチョコレート。

市販品だけど私が手渡したチョコを食べてもらえた事実に嬉しさがこみ上げた。


『よかった、食べてもらえて』

『…ん?』


ぽろり、と本音がこぼれていた。疑問符を投げかけてきた彼の声にしまったと思っても遅かった。


『………』


沈黙もよくないのはわかっていたけれど、不意にしでかした失敗に私は自分の首を絞めていた。

セツカの仮面がはがれている。

急いでキョーコを隠さなくちゃ。


今日の私は浮かれているせいかどうにもぼろが出やすい。

ホテルのこの部屋で、ヒール兄弟のルール下で犯した失敗を敦賀さんの前でひけらかすことなんてできない。


『おいしい?試食で甘すぎなくて、お酒にも合うかと思ったんだけど…』


セツカの表情を作ってカインの目を見たけれど、そこにいたのはカインじゃなかった。


「どういう意味?」


『…兄さん?』


突きつけられた日本語に、兄さんと呼びかけてみたけれど無駄だった。


ごくりと息をのんだ。どうしたらこの状況を切り抜けられるだろうか?


「…最上さん?」


敦賀さんは私に逃げ道を与えなかった。

誤魔化しを許さない真っ直ぐな視線に、抵抗することができなかった。


「………どう…したんですか?お芝居の途中で、敦賀さんらしくな…」

「答えて。今の、どういう意味?」

「どう、って…」


遮られた言葉。

敦賀さんはじっと私を見つめていた。

私のどんな些細な変化も見逃さない、そんな視線。


私は一切のミスを許されない状況なのを理解する。…いや、もう挽回は無理なのかもしれない。


「食べてもらえて?」

「……」

「食べてもらえない、と思っていたの?」

「……」

「カインのほうが欲しいと言ったモノなのに?」


切り抜ける方法を考えても、次々にふさがれる逃げ道に沈黙しか選択できない。

ついに、私は視線を切った。顔を見られたくなくて深く俯く。

私はいまどんな顔をしている?


「最上さん?」


敦賀さんが私の表情を暴こうと覗き込んでくる。

もうダメ…そう思った時、ため息が聞こえて敦賀さんの気配が離れた。


「白状…しようか」

「…?…」


自分がどんな顔をしているのかわからなくて、まだ顔を上げられないから敦賀さんの表情は見えない。

神経を集中して、必死に敦賀さんの気配を追った。


「毎年誕生日を含め、この日にもらうチョコレートを俺は食べない。どれか口にしたら不公平な気がして」


脈絡のない告白だったけれど、やっぱりと思った。


「今年は敦賀蓮としてこの期間を過ごさない。正直直接受け取るものがなくて煩わしさがなくて助かった。ほっとしたけど、君は誕生日にケーキを用意してくれたね?」

「…あれは」

「律儀な君だろう?こんなに嬉しいものだとは思わなかった」


意外な言葉に、思わず敦賀さんの顔を見た。

すこしはにかんだような、柔らかい表情がそこにあった。


「君だけが祝ってくれた、君しかいない誕生日に浮かれたら、もっと欲が出た」

「…敦賀…さん?」

「今なら、この一週間は君と俺だけ。君が手渡すことができるのは俺だけ。そう思ったらチョコをねだっていた」


困ったように笑った敦賀さんの表情はいつも見る大人びた印象よりなぜかずっと幼く見えた。

さっきの齧りかけのチョコレートを持ち上げて、敦賀さんは悪戯っぽく笑った。


「このチョコにはセツカのカインへの愛が詰まってる。でも…それだけ?」

「それだけ…って」


どきりとした。私がこのチョコレートの中に隠した気持ちに。


「俺は欲張りだからね?この中に君の気持ちが入っていればいいのに」


敦賀さんは齧りかけのそれをまた口に運んだ。

目の前で彼の口に消えていく私の気持ちを含んだチョコレート。

さっきも見ていたのに、なんだか信じられないもの見たような気分だった。


「食べてもらえたといった君に期待した。食べてほしかったと言われてるみたいで。欲しいのはチョコじゃない。…君の気持ちなんだ」


見透かされていた?


「最上さん、俺を好きになって?」


バレンタインプレゼントは女の子の告白を後押しするアイテム。


なのに私は手渡したチョコレートで思いもかけない告白をされていた。