http://www.youtube.com/watch?v=UwVmV6-N2mU
我が家にテレビがやってきて、初めてネットで映画をダウンロードした。
まだ公開して間もない作品が、こうして簡単なボタン操作で家庭でも観れる。
すごい時代がやってきた。
そんな真新しい文明の扉を開けてみたいという好奇心もあったけど、
先日、足を運んだ映画館でたまたま予告編を観て、
直感的に「観たい!」と思った作品だったので迷わずにダウンロードした。
監督・製作・脚本・編集・出演をヤン・イクチュンがこなしている。
しかもこれが俳優として活躍してきた彼の初監督作品なのだそうだ。
数々の映画賞を総嘗めにしているという前評判も加担したことは否めない。
だけど私の期待以上に噛み堪えのある作品だった。
家庭内暴力という閉塞的な強権社会に窒息しつつも、
逃れることのできない運命を受け入れた弱者の見つめるすべて、その感情がつまっていた。
この作品が描いたものは現実そのものだ。
意地悪に平静を保って、ストーリーだとか、構成だとか、俯瞰して観ようとすれば
「逃れられないしがらみの中で生きる青年と勝気な女子高生の純愛」ともとれるだろうし、もっとありきたりな言葉に集約できないこともない。
でも衝動的に私の胸がこんなに熱くなったのは、作品の主成分がそういったファクターにはないからなのだと思う。
家庭内暴力でなくてもよかったのかもしれない。
歴史があって、時代があって、そこに根ざした文化があって、
どんな瞬間に産み落とされても、100%幸せに育った人なんていないし、何かしらの問題と直面している。
エンドロールが終わり、ふと自分の視界にリビングの風景が戻って来たとき、
ソファで寝息をたてている妹と母の姿が、
この映画の延長線上にいる気がしてならなかった。
家族って何だろう?
形あるようで、実はない。
だけど明らかにつながってる。
どんなに憎いと思っても憎み切れなくて、
結局すべてを許してしまう。
わざわざ愛してるだなんて言葉にすることはなくても
つまり、そういうこと。
いつだってそう言葉を濁しているから、ついつい蔑ろにしてしまいがちになる。
私の全てであって、私の全てではない。
私の傍らに佇むこの人たちは一体何なのだろう。
一瞬、心がすさんで、
それから、優しい気持ちになった。