お腹いっぱいになった後は光則寺に足を伸ばしました。
生憎この時期は年中花を絶やさない光則寺でも、さすがに水仙と蝋梅しか彩りがありませんでした。
でも、春の予感もほらしっかりと。
そうはいいつつ私の目当ては花よりもこの縁側なんですが。
寝転ぶと気持ちがいいのです。すぐさままどろみがやってきて、、、
学生の頃は、わりと頻繁に母と鎌倉を一緒に歩いたものでした。若かりし頃に花道をやっていた母は、草花が満開の時期を迎えると身体がうずうずして居てもたってもいられなくなるのだそうです。
最近は滅多に行かなくなりました。こんなところにも歳を感じてしまいます。
だから久しぶりに鎌倉へと言われた時は、はい喜んで✨という気持ちでした。
今年で61回目の誕生日。
娘の勝手な言い分としては、いつまでも凛と美しく、元気にいて欲しいものです。
光が少し弱まった3時くらいに光則寺をあとにし、鎌倉文学館へ移動しました。
一時間半はいたでしょうか。ゆっくりと鎌倉に所縁ある諸作家たちの生立ちを辿りました。
妙本寺のカイドウが素晴らしいことは前から知っていたつもりでしたが、中原中也と小林秀雄が一人の女性をめぐって不仲になり、カイドウの美しさを愛でながら和解した場所であったことについては知りませんでした。
中原中也が30歳という若さにしてこの世を去ってしまっても、小林秀雄は妙本寺へのお花見を欠かさなかったとか。
小林秀雄が当時を語っていて、その抜粋が文学館でも取り上げられていました。
「鎌倉比企ヶ谷妙本寺境内に、海棠の名木があった。こちらに来てその花盛りを見て以来、私は毎年のお花見を欠かした事がなかったが、先年枯死した。
枯れたと聞いて無残な切り株を見に行くまで、何だか信じられなかった。中原と一緒に、花を眺めた時の情景が、鮮やかに思い出された」
不思議です。
私の知っている妙本寺のカイドウが、まったく別の色を含みました。
次回、訪れる際にはきっと儚げに写ることでしょう。
鎌倉という土地は、歴史を動かした中心地であり、沢山の文豪に愛された場所であり、定点カメラを何百年も回し続けられるなら、盛者必衰の理を実際に紡いできたわけです。
悠然と流れる時間、時代。
そこに今私が立っている。
ちょうど今、文学館では歴史作家の特別展を催されていました。
名前を忘れてしまいましたが、ある女流作家のこんな言葉が印象深く残りました。
私が頼朝を主人公にしなかったのは、歴史が一人で作られているという錯覚を払拭したい気持ちからでした。
多少言葉は違いますが、そのようなことが綴られていたと思います。
歴史に対する距離感や、歴史を通して現代を見据えている力が心地良く働き、自然に足が止められました。
歴史に疎い私ですが、私がここに立つまでの過程をもう一度知りたくなりました。
鎌倉がまた一つ好きになった瞬間でもあります。
文学館の帰り道に、明日の朝ご飯用にと、地元の方御用達の美味しいパン屋さん「ジャックと豆の木」に寄りました。
甘さが程よく美味しかったです。
オニオンブレッドもしっかり具沢山の玉ねぎが香ばしく、また機会があったら立ち寄りたいと思います。
電車で30分でちょっとした小旅行。
充実した週末を過ごすことができ、誘ってくれた母にも感謝しなければ。
しっかりチャージできました。
ありがとうございます









