毎日マスクを身につけ、自分の吐いた二酸化炭素の湿度を感じつつ、桜を見送って、気がつくと夏の臭いを半分含んだ風が私を追い越して行くにつけ、季節にまで置いてけぼりにされた気持ちでいっぱいだ。
私が目にするもの。
この世界は、私が切り取った、私中心の世界のはずなのに、いつの間にか、私は私の世界でさえ、主役になれていない。
それがどーした。
なのだけれども。
そして、それ以上でも以下でもないのだけれど。
なんとなしに過ごす日々が、やけに心地よく、そしてなんとも刺激に欠けていて、一歩、また一歩と今日も私は、誰かが舗装してくれた綺麗な道を進んでいくのだ。
ふと、インドネシアに住んでいた頃、信号待ちの車の窓越しに並ぶ物乞いの子ども達のことを思い出した。
私の日常は、きっと誰かには平凡で、誰かには刺激的なのだろう。
けれども、あの子ども達は、そんなことを考えたことが、あるのだろうかと。
