大好きな作家と聞かれれば、迷いなくその名前をあげる。
山田詠美さん。
誰がなんと言おうと人類で一番かっこいいと思う。
私にとって彼女の言葉は生き物というか、言葉以上のsomething moreで。
栄養素や細胞レベルの浸透圧ゼロな状態で脳内に潜り込んできて、私の背筋をピンと正してくれる。
最近久しぶりに彼女の作品を読み返したら、よくも今まで彼女なしの生活を送れていたなと思ってしまうほど、気がつけば手当たり次第他の作品にも手を伸ばして貪っていた。
細胞と言えば、私のここ数年を振り返ると、総じて細胞死を認めざるを得ない。
墓場にお金は持って逝けないように、物質や体裁や表面の薄っぺらい膜みたいなものばかりに拘って、ちゃんと魂に火を灯していなかった気がして。
物語の主人公でなかったし、一人称でもなかった。
そんな時、山田さんがファッション誌に寄せたコラム集に出会い、「一点"堅気じゃない"主義」と題された回のある言葉が、私の身体に雷を落とした。
それは山田さんが世遊び時代に親しくしていたある友人を話題にしたものだった。
港区以外で棲息していることが想像できないくらいパーティーフリークな友人と、昼間にたまたますれ違った時の出来事。
OLをしていることを親しくなってから打ち明けられても尚、山田さんご自身俄かには信じ難かったというその"ぶっとんだ"彼女の昼間の装いは、ナイトクラビングの様相からは想像できないほどのダサさで(いや、ダサいとまではかいていなかった笑)、相手が気まずくならないよう配慮する山田さんに気がついて、彼女の方から駆け寄ってきたときにこんなセリフを吐くんですが、それがもうかっこよい!!!
「でもねえ、見て、このストッキング。パンストじゃないんだよ。ガーターベルトで吊ってるの。
おまけにね、今日は下着、着けてないんだ。
上司に文句言われた翌日は、このスタイルで会社に行くって決めてるの。
で、にこやかに接しながら、ふふふ、私の正体を御存知ないわね、と心の中で嘲笑う。地味なスカートの中身がどうなっているかわからないくせにって。」
じゃあ週末にと言って、呆気にとられる山田さんを残して立ち去る彼女の足捌きからは、パーティーフリークなよこしまな華やかさがこぼれ落ちていた。脱帽。と文章を結ぶ山田さんにも脱帽なのだけど、本当にこの回のどこの言葉を切り取っても痺れる。
私はつくづくこのスカートの中の秘密を持って生きていたいと思った。
(変態になりたいと同意ではないので誤解なきよう。)
この人はどんな人間なのだろう?
そうやって他人に興味をもたせて、想像させる余韻を保ちながら過ごすのは、どんなにか素晴らしいことだろう。
その秘密は墓場にも持って行けるのは勿論、秘密が作るその方の余韻は、遺された人々にもずっと棲みつくもの。
私はそういう法律にだけ支配されて生きていたいと思う。
それができて初めて物語の主人公になれると信じて。
