お盆をかなり過ぎ、遅めの夏休み。
身内の不幸もあり、お寺と実家に顔を出すだけの慌ただしい時間。
会うたびに小さくなっていく両親。
会社を辞めた後の近況をほとんど報告しておらず、かなり心配をかけていた。
(ことに気づいたのは今回帰省してからだけど。)
「もっと連絡しろ」
「連絡ないのが元気な証拠」
そんなやり取りを、いくつの頃から繰り返してきただろうか。
先日出版した三冊目を著書を持参すると、少しは安心した様子だった。
時間だけは平等に、万人のもとに訪れる。
しかし、その平等な時間の使い方/感じ方は人それぞれ。
親も子も共に老いていく時間性の中で、変わらずに残っていくもの。
それを「縁」として著書に書き残してきた。
そんな縁のあり様が、時間の性質に大きな違いを与えていく。
流氷のように簡単には溶けない縁が、残っていくことを願う。
空港の書店で著書を発見。
こんなことは初めてで驚いた。
喜ぶとは思いつつ、わざわざ両親には教えない。
そして、「ここまでになるとは思わなかっただろ」と心の中でつぶやく…
