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カウンセラー&コーチ(本物と偽物のちがい)
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カウンセラー&コーチ(本物と偽物の違い)
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(本物っぽい人たち、サイモンは一番左の人よー)
ここ数日、「本物のカウンセラーと偽物のカウンセラーの違い」を考えさせられることがあった。
きっかけは、あるグループにて、「ここにはニセモノのカウンセラーはいないでしょうね」という投稿があり、その方と少しやり取りをしてすれ違いを感じたのと、「彼女の言ってることは正しいが、ちゃんと言語化できていない」と思って、ニセモノのカウンセラーというのを言語化してみたいとおもったからだ。
カウンセラーの定義には本物もニセモノもなく、日本人は全て、「心理カウンセラー」という名前でプロとして仕事ができる環境にある。心理カウンセラーという名称使用には制限がない。
心理療法を手掛けるには、知識と技術と経験が変数となる方程式で導かれるのだが、私がカウンセラーを指導しようとしたきっかけにもなった、あまりにも「知らないがゆえに暴力的なカウンセラー」を業界で多くお見受けした。
繰り返すが、それが指導者を目指すきっかけになった。
その当時の私の印象は「ニセモノのカウンセラーが多い業界だな」というイメージを持っていた。
このカウンセラーもどきの人たちはどのように量産されてきたのかも長年の不思議ではあった。
そこで、この世のカウンセリングスクールや、指導内容を見ているうちに、アドラー流のカウンセラーが講座を開発し運営するスタイルが多く、そこで育った人たちがアドラー流のアプリケーションを身に着けただけで、アドラー風味のカウンセリングをしていることがわかった。
知識と技術と経験があるカウンセラーがアドラー流のアプリケーション(特定療法)を開発したり、伝授したりするのはOKなのだが、そこに生まれたのは、特定のアプリケーションを使うことがカウンセラーの業務と誤認した、アドラー風味のカウンセラーが多く発生している状態になった。
これは、授業料や指導料で生計や蓄財を目論むカウンセラーが、
fx(知識、技術、経験)の事は教えず、
fx(自分が開発したアドラー流アプリケーション)という広げ方をしたためである。
あくまでも、アマチュアとして指導するのならこれで構わないのだが、これをもって、「あなたもカウンセラー」としてしまったときに、生徒側のプロフェッショナルの領域のイメージの誤解と、自身の技術能力の過信を発生させることになった。そして、心理カウンセラーという名称使用の制限がない業界の中で、単独のアプリケーションの使用能力をもってプロとして開業するもしくは、そのアプリケーションを商品として指導するカウンセラーが増えてしまった。
そして、大量発生したアドラー風味のカウンセラーの方々は、誤解と過信の中で、どんどん心理的に危険なカウンセリングをして、クライアントを制圧した快感や、自分の技術を顧みることなしに、クライアントの性格や努力に責任を転嫁するカウンセラーに誤った成長を遂げることになった。
実は、アドラーという人は具体的なアプリケーションをあまり開発せず、広く解釈可能な概念的なイメージを説いていたため、アドラーの理論を学んだ人はアプリケーションは幅広く開発できるし、それをもって、「アドラー流」という、アドラーの名を使ったアドラー流の名称が多くの方に言えるようになった。それ自体はとてもいいことだと思う。
さらに、その自由度の高さのおかげで、それぞれがfx(知識、技術、経験)の中でアプリケーションを開発するまでは、まあまあいいことだと思う。
ただ、その技術を販売しやすい商品にしたいために、自分の名前や独自の名前を付けて、〇〇流や●●式というブランドを立て、そのもとにお弟子さんのヒエラルキー構造を作って、蓄財
を目論んだ人も、うーん、ぎりぎりそこまではまだいい。
だって、彼ら自身はまだfx(知識、技術、経験)の中で切磋琢磨している。
問題なのは、その蓄財の都合により「敢えて弟子に説明をしなかった」fx(知識、技術、経験)を伝えなかった事である。生徒側に与えたプロフェッショナルの領域の誤解と、自身の技術能力の過信を与えて、その引き換えに販売しやすいアプリケーションを伝授し、受講料
、会費
、マニュアル販売
等で蓄財
したことになる。
fx(特定の開発されたアプリケーション)の世界でプロと名乗るカウンセラーが増えてしまったのである。あくまでもそのヒエラルキーで語られる、知識、技術、経験は、そのヒエラルキー構造の中だけで有効なものだけなので、実際には総合的なカウンセリング能力を持つ教祖様
や、外部で多重教育を受けたセラピスト以外は、ほとんどカウンセラーとして使い物にならないのは当然のこととなる。![]()
これは、私がコーチングを学んだNLPの業界でも同じことがおきていた。
NLPは、コーチングの要素技術を分解して、部品をまとめたレゴブロックの基本セットみたいなものである。
これもアドラー流と同じで、アプリケーション開発が容易なのを特徴とする。
本来なら、自然生命感覚を代表する無意識と脳内社会イメージを代表とする意識の折り合いを言語で仲介しながらレゴブロックのようにカスタマイズされたアプリケーションを開発するのがNLPの学びで、学びの過程で過去開発された有名なアプリケーションを習得(これをNLPだと誤解している人が多数いるが)、さらにクライアントに合わせてカスタマイズした心理療法を提供できるのがプロのNLPトレーナー、コーチとなる。![]()
NLP技術というパーツをくみ上げて、アプリケーションを開発する想像力と対応力がいいコーチの要素になるのだが、バンドラー派と呼ばれる開発者の一派は、設計図と組み立てに必要な部品をセットにした、〇〇セットという商品を販売し、これが成功哲学や、心理操作など、様々な「欲望」に直結した領域を指導し、NLPという技術を特定のアプリケーションそのものと誤認させ、NLPコーチングのイメージを特定アプリケーションに固定させることを行った。
その方が講座を商品として販売しやすいし、生徒のヒエラルキー構造も階層的に作りやすいからになる。![]()
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それはそれでいいが、そのコーチは購入したNLPアプリケーションの単なる担い手であって、プロコーチではない。
これもNLP風味のコーチと言えると思う。![]()
なんとまあ、
アドラー流アプリケーション開発→ヒエラルキー→アドラー風味生徒量産
NLPアプリケーション開発→ヒエラルキー→NLP風味コーチ大量生産。(情報商材屋)
という、まったく同じ光景を目にすることになった。
NLPの場合、ジョン・グリンダーがその危険に気づき、NewCodeNLPという、柔軟性の高いアプリケーション開発手法の指南を行い、私を含め一部のコーチがジョン・グリンダーに師事を受け、無意識と意識社会の調和を目指すテクノロジーを磨いている。
さて、ここで我に返ると、アドラー流の流派でいくと、カール・ロジャーズを師とする「来談者中心療法」を日本でロジャーズ研究をしていたメンバーから指導を受け、
NLPはジョン・グリンダーに直接指導を受ける二つの幸運に恵まれた。
そのため、アドラー流もNLPも、各アプリケーションの立ち位置を相対的にとらえながら、かろうじてfx(知識、技術、経験)の中でカウンセラー、コーチとして生活できた。
もし、私がそれ以外でアドラー流のアプリケーションの信者になり、そしてNLPもNewCodeの門を叩いてなかったら、私自身も、アドラー風味の無邪気に心理的な暴力を振るうカウンセリングや、「こうするだけで成功する」みたいな固定したコンテンツを販売する業者のようなコーチになっていたかもしれない。
私がこのことを語るのは、それぞれの師匠に幸運に運ばれた運命でもあるのかなあと。
話がそれすぎた。
アドラー流とアドラー風味(本物と偽物)の違いをこのように定義してみた。
以下の重要性がまずは理解でき、そしてそれを意識してカウンセリングしている人がアドラー流であり、できてない方はアドラー風味(彼女がいうニセモノカウンセラー)として定義されるかと思う。
そして、本当にプロとしてカウンセラーを育成したいと思う指導者は、自身が以下の内容を習得しているのはもちろんのこと、生徒さんにも習得の必要性を説いているはずである。でなければ、ヒエラルキー的な蓄財優先のため、敢えて意図的に、自分が開発したもしくは習得したアプリケーションの使い方のみしか教えなかったということにもつながる。
(考えらえる習得知識要素)
医療領域不可侵
直面化非強制非促進
社会参加の意味の時代変化の把握
個人脳内社会と所属社会とのバランス、及び時代変化の把握
利用するアプリケーション適用の領域認識
他心理療法とのマッピングの把握
(プロならわかるけど、
ひどいアマチュアは
何を意味しているかも
わからん人もいると思う。(こっそり教えますよ))
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