このごろ、お花をやってくれるお茶の生徒さんがたくさんいる。
逆にお花の生徒さんがお茶もするようになった。
お茶とお花が長い歴史の上で結びついたのが分かってもらえたようだ。
今教育現場でも、正規の時間にお茶が週一回だが取り上げられて、
授業として展開しだす。
舞台裏は大変である。
50人の生徒さんを一度に教えることを先生たちと考えた。
やはり自由なグループで6組のお道具を動かす。
だが一人で6組はみれない。
主な先生のほか、
たくさんの助手が必要。
難しい。
お茶はお手直しにあとではない。
一瞬に茶はたち、固まる。
お湯の量も一滴一滴みてないといけないときがある。
お花もまた、
お手直しは難しい。
花形よりその方の個性を尊重する場合もある。
直されて悔しくて泣いて帰る方もいる。
一生懸命やってもできないとお茶でも焦る点前がある。
この夏海外に行く生徒さんを最後に教えさせてもらっている。
私も責任が重い。
私の手が表舞台に出る。
私と家内は、今は裏舞台専門になる。
厳しすぎるときもあるかと思うが、
今は一瞬一瞬が宝のようなもの。
ああ、今日も一日始められると目が覚めると感謝である。
歳をとり愚痴と昔話が多くなり困る。
花の作品は二方向から撮る。
足元がきれいに一つになっている。
手直しも少しだった。
まだ半年の作品とは思えない。
その感性には敬服する。
毎週感心してしまう。
みなさんはお花とお茶のハーモニーを会得したようである。