とうとう、というか、ようやく突きつけられている『重荷論』(2012年生活教育8月号)に、向き合うことになりそうだ。いや、いままでも、向き合ってはいた。

今回は直接そこに切り込むとでもいうべきか。

そもそも、私に大学院入学の決断を迫ったのが、この金森さんの村越他に対する『子どもに重荷を背負わせすぎていないか』という題の論文だった。
未だにこの文を読んだ時の衝撃を覚えていて、道民教小樽集会で小樽短期大学の会場に入って、時間が空いたのをいいことに初めて目にした。
最初はよく呑み込めず、2回目に読んで、え?と思い、3回目に読んで、冷静に反論を考えるもなかなか見えてなかった。その後金森さんと会い『議論を巻き起こすべく書いたのだから、やりあおう』と言われ、反論に近いのも書き、2014年にはシンポジウムもした。
が、それでも霧は晴れない。そうこうしているうちに、『戦後日本の教育実践(三恵社・臼井嘉一編)』にもこの議論は取り上げられた。
もうあれから5年目を迎えてしまったのだが、修士論文に向き合うにあたって、当時の子どもたちからの聞き取りの機会を得た。何を語ってもらうかはまだおぼろげだが、きっと、やはり、『重荷論』につながるような何かは聞いてみたい。
地域に開かれたカリキュラムも、アクティブラーニングの視点も、カリキュラムマネジメントも、あの当時なりに織り込んでいた実践を、今一度理論構築するわけだが、もう一度書いたものを整理しなおして行くことになる。その際にカギとなるのは『重荷論』であったり、かつて慶応大で講義をした際に学生に問われた「地域に張り付かせておきたいのか?」という問いに対する答えでもあろう。
いずれにせよ、この10年の実践と検討をもう一度見直す。
気の遠くなるような辿りが、これから始まっていく。