「元気なうちにやめたいですね」

そうやって言っていた、十年以上通う鮨屋の職人「アベ」さんが、2月いっぱいでやめることになった。

 

御年67歳。その店一筋52年の大ベテラン。しかも親方ではなく、その店の社員の立場での職人。だから、「アベ」さんが辞めても店は残る。残るけど、「アベ」さんはいなくなる。

 

今日、突然知り合いから入った「2月いっぱいでやめる」という知らせに「ああ、やっぱりか」と思った。というのも、数日前にお店に行ったとき、しみじみとこれまでの道のり、老後のことを語っていたからだ。しかも、具体的に。直感で「ああ、そろそろやめるのがみえているんだな」と思っていたが、まさかこんなに早く来るとは。

 

たまたま札幌にいたので、時間を合わせ店に行った。すると、たまたま「アベ」さんの前の席が空いていて、通してくれた。その前には別の若い職人さんがいたのだけど、スッと奥に入った。おそらく、私が「アベ」さんとの別れに来たのだということを察し、席を外してくれたのだろう。

 

どことなく、「アベ」さんも何とも言われないような、気恥ずかしさと職人としての矜持が入り混じったような顔で迎えてくれた。

 

おそらくこの12年で何百貫と食べたであろう「アベ」さんの鮨との最後の時間が始まった。

握りながら、「アベ」さんは、これまで通りに、明るく話をしてくれる。そして、やっぱり旨い。

「たくさんお客さんの前で顔が真っ赤になるような恥をかいてきました。」

「それがまた、自分を磨くことになりました。」

「やっぱり、努力ですね。時間をかけないと。」

「色々なお客さんがいましたよ。お客さんと話せなくなるのはさみしいですね。」

鮨と共に出される一言一言をかみしめる。

 

「アベ」さんの鮨は強気の鮨。「がんばんなさいよ、これからも。」と言われているようでならなかった。

「アベ」さんの握る赤身が大好物の私をわかってか、久しぶりに赤身を出してくれた。しかも、そっとガリの一片を赤身の下に忍ばせて。

 

「アベ」さんに最後のわがままを聞いてもらった。それは、私がこの店に通い始めた頃、必ず締めに出してくれた舎利だけの長い細巻きと、それにつける特製の「みそ」。

ここ最近は鉄砲でしめているのだが、今回はお願いをした。すると、

「いいですね。最後に、いきましょう」快く巻いてくれた。

クッとしまっていて、それでいながら口の中でほぐれる巻物は、「アベ」さんの得意技だ。

 

 

食べているうちに、最後という感傷は無くなり、いつもの鮨を堪能している自分がいた。そうかあ。これが「アベ」さんの職人技なのだ。どんな時でも、つらい時も、こうやって「アベ」さんの鮨で、その時の命をつないだ鮨。大げさだけど、私を支えてくれた人の一人。

 

 

食べ終わり、お会計も済ませ、「アベ」さんから

「本当にありがとうございました」と御挨拶。私からも

「長いこと本当にお疲れ様でした。お世話になりました」とお礼を申し上げた。

花板に立つ三代目が

「わざわざ、ありがとうございました」

と声をかけてくれた。長きに渡り店を支えてきた「アベ」さんをねぎらうために

客の一人が店に立ち寄ったことに、かけてくれた言葉。

 

今月末に鮨職人としての終わりを迎える「アベ」さん。

「最後に職人として握る鮨は、長年連れ添ってきたカミさんへの、

折詰の鮨ときめているんですよ。」

と、厳しい道を歩んできた「アベ」さんの顔がほころんだ。