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今立ち上がれ!個人の意志で!!

暮らしを守りたい、生活を守りたい、そして未来を子供達に託したい。今私達に何ができるか、やらねばいけないのか、考える契機になってくれれば。

心配で何でもかんでも口出しするのは、一見相手のためのようだけど、結局一番は自分自身が安心したいからで、相手を自分の目の届く範囲に置いておきたいからで、相手のためにはあまりならない。のよ。多分。口を出さないって、逆に難しいけど。
有効求人倍率は上がり失業率も下がったというが、それとて団塊の世代の定年のおかげだとバレている。しかも団塊の世代のポジションは小泉時代から急速に進められた非正規社員にすり替えられ、大卒の若者はバイトやパートになる羽目になったが仕事があるだけマシだと思えという。
バス事故で死んだ学生の葬式参列者1000人もすごいと思ったけど運転手は遺族が見つからず遺体の引き渡しすらできてないってのもすごいな、人生の格差社会すぎる。
90年代後半に『市バスの運転手が年収900万とか許せん』的な話は頻発してたけど、当時の世論の望み通りバス運転手がワープア職になって何か良い事があった?って話になるわなぁ。
バスの運転手不足、土木技術者不足、保育士不足、介護従事者不足、本当に不足してるかは「給料が上がったら」信じてもいい。給料が上がってもいないのに不足だってのは「そんな人いらない」ってあらかじめ判断して規制してるって事だから。経済学的に考えようぜ。
「勝ち組・負け組」って言う人は、大体愚かで、思考力がない人。ただ表面的な欲だけしか見てない。彼らの価値観では、結婚したら勝ち組で、独身は負け組になってる。でも、結婚して幸せになった人が何人いますか? 離婚する人の確率は減ってる?
日本の自己責任論の残酷さはそこにある。弱者が結果として貧困になったりしたのはたしかに結果論としては自己責任なのかもしれないけど、そういう弱者と同時に社会に存在してる強者が、その弱者たちを自己責任と放置しなにもしようとしない「方便」として自己責任論を持ち出すところにあるんだよな。
要するに「家庭が持てない仕事など社会に存在すべきではない」んだよ、例外なくな、奴隷でさえ衣食住は確保されて家庭も持つ事が出来た、だってそうしないと奴隷制度が1代しか維持できねーもん。家庭が持てない給与しか出さない会社って、奴隷制度以前の、蛮族が弱者を虐待してた時代の行為やぞ。
フジの新報道2001で、政治家が「老後資金が年金で賄えるとは我々も思っていない」「国民は自己責任で貯蓄をし、老後も働き続けるという考えでいる」とか言ってんだけど、いつからそんな前提になったんだ。 だったら払うの選択制にしてくれ。 勝手に人の稼ぎから分捕りやがって。