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このブログの前のお話はこちら

またまた

ブログを書くことが出来ずにいて

ご心配を戴いているようで

申し訳ありません🙇‍♀️


もしかしたら

もしかするかもしれないので

今の現状を

この機会に

書いておこうと思います。


リアルでの

お付き合いがある方もいらっしゃるので

どのタイミングでお伝えしていいのか

ブログで知るというのは

如何なものか。


だけれども

会って伝えたら

きっと泣いてしまうだろうし。。。


と、色々考えての

今回のブログとなりますことを

ご了承くださいませ🙇‍♀️


結論からお伝えしますと

7月16日 水曜日に

主治医先生から

他の病院でいうところの

緩和ケアへの移行宣告を受けました。


私の入院している病院で

最後まで面倒を見ていただけるとの事で

とりあえず入院している病棟は

変わらず、だし


出てきた病状に対する治療は

していただいています。


なので

緩和ケア病棟に移動する

一歩手前の状態といったところでしょうか照れ




熱が出たり

黄疸が出たりで

体調悪く入院した5月30日


その日に

ステントの交換をして

2日後

数値がめちゃくちゃ悪くなり

血圧の上が

80台まで下がってしまったので

6月1日の夜

ICUに入ることに。


血液製剤などの点滴を

何種類も時間通りに

ずっとしなければいけないし

一般病棟では

私1人にそこまでの時間を掛けれないので。

というのも判断の1つだったらしい。


ICUから出られたのが

6月5日

それまでは携帯も触れず

だったので

ICUに入る事を連絡していた

息子や会社の社長やリアル友達に

ICUから出してもらってからの連絡も

そこそこ大変だった。

状況説明を

交えながらだからね。


結局

プラスチックのステントでは

癌の勢いに負けてしまって

狭窄してしまう。

との事で

スチールのステントへ交換する為に

再度ERCP。


それでもやはり

劇的に良くなることはなく

黄疸の数値は1づつとか下がっていく感じ。


そんなこんなの状況で

毎週ではないけれど

火曜日に書くことになっている

身体の痛みや気持ちのつらさを

数値で表す紙を書いた時

気持ちのつらさで2から6ぐらいを

いったり来たりと表現した私。


その日、担当の看護師さんが

ヒアリングに来てくれた時

いつもは

考えないようにしているのだけれど

その日はガチャリとチャンネルが合い

号泣してしまう。


もし誰かに

話を聞いてもらいたい

とかあるのであれば

がん相談支援センターの

専門の看護師さんがいるので

話をしてみますか?

という看護師さんの提案に


そういう段階ではないのは解っているので

もし出来るのならば

緩和ケアの話が聞きたいです。

とお伝えする。


何処か他の病院を探さないといけないのか

探すとしたら

身体が動くうちに面接とかに

行かないといけないし


その前に私には

引越しの完了という前々から

頭の片隅に引っ掛かっている大仕事を

やり切らないといけない。


まぁこの辺の話は

完全プライベートなので

割愛しますが


サラッと説明すると

戸建ての家から

前に住んでいた

会社で借り上げて貰っているマンションへ

引っ越さないといけない訳で。


そのための引越し準備も必要だし

業者さんの見積りもお願いしないといけない。


そんな話を担当看護師さんにしたところ

直ぐに主治医先生に伝えてくれて

その日の夕方

撮影したレントゲンの写真を見ながら

先生から現状説明を受けることになったのが

6月25日


その先生の説明には

その日の担当看護師さんと

緩和ケア科の看護師さんも同席し

主治医先生からのお話を聞きました。


どんな話だったのか

といえば


やはり肝不全になっているので

これ以上負担の掛かる治療は出来ない。


どうしたって抗がん剤は

解毒する為に肝臓に負担が掛かってしまう。


そしてスチールステントは

効いてはいるのだけれど

その中に血液の凝固のような物が出来て

胆汁が上手く流れておらず

それも癌が悪さをしているのではないか。と。


数値が少しでも良くなってきたら

肝臓にあまり負担が掛からない

と言われている

ベクティビクスの単剤投与は出来るかもしれない。

と。


ただ

やはり

今までのような積極的な治療は出来ません。

と。


私としては

薄々気付いていたことではあるので

すんなり

では無いにせよ

受け入れることが出来た。


まぁこの日

どれだけ泣いたか、と聞かれたら

1日のうちの3時間ぐらいは

泣いていたかもしれない。


ゆかりさんや

社長の奥様との電話では

それこそ夜誰もいない面会ルームで

嗚咽したり。。。

静まり返った一階の携帯OKエリアで

嗚咽したり。。。


そして主治医先生には


この先

緩和ケアに移行した場合

他の病院に転院しなければいけないのか?

という質問と


引越しをしなければいけないので

どこかのタイミングで

一時的に退院をさせてもらい

業者さんからの見積りと

出来れば少しでも荷物の整理をしたい。


とお伝えした。


緩和ケアに関しては

主治医先生から

私さえイヤじゃなければ

最後まで僕たちで診ていきたいと思っている。


と仰っていただき

この病院には緩和ケア病棟もあるし

そこに直ぐ入れないような状況があれば

いつもの外科病棟に居れば良いんだし。

と。


この病院の

緩和ケア病棟に移動した場合

担当医もそのまま主治医先生になるそうで

その部分だけでも

とても有難いな、と思った。


例えば緩和ケア病棟がある

違う病院へと転院になり

新しい先生と

また新たな関係性を構築していくのは

体調がしんどい中だと

より一層大変だと思う。


それを考えたら

とても有難いし

最終的な場所が

ちゃんと決められた気がして

自分も、だけれども

息子も安心なんじゃないかな

と、思った。


一時的な退院に関しても

こちらの状況を汲んでくださり

体調次第だけれども

そういう流れでいきましょう。

と。


主治医先生からの説明が終わった後

緩和ケア科の看護師さんと

2人で話す時間が持たれ


家族間の事であるとか

仕事の事

このタイミングで

引越しをしなければいけない詳細や

今後どうしていきたいか等

聞かれた事に答えていった


今後どうしていきたいか

に、関しては

1箇所だけ

セカンドオピニオンを受けたいクリニックがある。

とお伝えし

濱元先生のクリニックの名前をお教えした。


私から主治医先生に話しましょうか?

と御提案いただいたけれど

これは自分から主治医先生にお話するべき

と思ったので

自分から言います。

とお伝えした。


そしてこのお話があった5日後の

6月30日 日曜日

一時的な退院をし

要らない物を捨てるところから始まり

業者さんの見積りが7月1日に終わり


仮押さえではあるものの

引越し日が8月2日に決定し

それに向けて

荷物の梱包もしなければいけなくなった。


とにかく

まぁ

バタバタの6月だった。


そして短い期間だけれど

外に放たれた私は

もっと動けると思ったのに


想像以上に動くことが出来ず

病院から帰ったその日は

とにかく寝て終わり


次の日も

引越し業者さんの見積りが終わると

疲れて寝てしまう

という寝るに特化した生命体に。


今回の一時退院は

業者さんの見積りが完了したというところで

ヨシ。としよう。

と自分に言い訳をし


それでも少しは梱包したい

という気持ちもあって


本来であれば金曜日に戻る予定を

土日はやる事もないだろうから、と

主治医先生に無理を言い

月曜日に再入院にしてもらい


少〜しの梱包をして

7月7日

再入院をして

今に至っている。


今の現状は

次のブログへ続く。。。