不定期連載小説「微能力者ダイアリー」八坂かがり2
「こんにちは、井上高志くん」かがりは、いきなり後ろを向くと、高志に話しかけた。
「あー、どこかで、お会いしていますか?」高志は戸惑った様子を見せる。もう何度も目にしたが、頭をかくしぐさが、その証拠だ。
「そうです。ごめんなさい。実はもう、何十回もお会いしています。でも、あなたは、すぐに忘れてしまう」
「なんですかそりゃ?」
「じゃあ、お聞きしましょう。高志くん、あなたは、ミンヒさんのことは事細かに思い出せても、いとこの顔を思い出せますか?いや、何でもいいんですよ。幼馴染の町田美穂子の顔でも。思い出せないはずです。だって、そんな設定は作りこまれていないから」
高志は、困惑した。それというのも、確かにただ一人のいとこの顔も思い出せなかったし、町田美穂子の名前や誕生会の思いではあっても、顔だけは思い出せなかったから。
「なぜかというと、あなたは、今この世界の外にいる、この世界の外の世界の井上高志さんが作った別人格ですから。外の井上高志さんには、記憶が始まった時点から途切れることがない記憶があるけど、あなたは、ただミンヒさんとのラブストーリーを語るためだけに準備された登場人物なんです。
実は、私もまったく同じで、妄想世界の住人です。
ただ違うのは、外の井上高志さんが作った、外の世界にはモデルになる人がいない、完全に妄想で作り上げたただ一人の人間・・・いや、人物といいましょう、ただ一人の人物なんです。
だから、私には、外の井上高志さんの想定外の行動が起こせるのでしょうね。たとえば」
と言って、かがりは、いきなりさっきまで農大前のツタヤのスタバで話をしていた女の子のカバンを掴むと、ジッパーをあけて、中身を床にぶちまける。
・・・と思ったのだが、驚いたことに、カバンには中身がなかった。
「女の子がカバンを持っていれば、中身がカラってことはないはずでしょ、でも、外の高志さんが、設定していなかったことを私がしたから、こうなってしまったの」
かがりは、いたずらっぽく高志にやさしく微笑む。
「実はね。高志君。あなたとは何度も会っているんだけど、いっつも悲惨な目にあっているのよ。ハッピーエンドは一度も無い。っていうのも、ミンヒさんのことがあってから、その悲惨な最期の記憶から逃げられないからでしょうね。
たとえ彼ら悲惨な境遇の高志君が、あなた自身でないにせよ。いい気分はしないでしょ。私が知っているあなたの前の高志君はホモになっていたし、その前の時なんか、私の目の前に現れることすらなかった。
というわけで、外の高志さんに苦情をいいに行きませんか」
不定期連載小説「微能力者ダイアリー」八坂かがり1
そうして、何度か転生を繰り返しているうちに、かがりには分かったことがあった。
どうやら、自分にはこの世界、つまり誰かが作った世界のこと、その過去の記憶があるということ。そして、他の人にはそれがないということである。
誰かが作った世界とさっき言ったが、井上高志が作ったということで確定である。なぜなら何度転生しても、彼だけは必ず登場するからだ。この世界は、高志が書いた複数の書き直された日記でできている。というか、日記そのものである。
何故かを考えたが、思いついたのは、みんな誰かオリジナルのモデルがいる人物で、自分だけは純粋な作り物ということであった。
日記は何度となく書き直している癖に、また、実際のできごととは関係ない作り事を書きまくっているくせに、高志は律儀な性格なのか、意外にも登場人物そのものはほとんど作ってこなかった。確かに、ミンヒのようにオリジナルの女性が恐らくは複数いると思われる場合もあるが、それでも元々モデルが存在している。
しかし、この私、八坂かがりだけは純粋にこの世界だけに存在する。
あたしゃ、日記の妖精さんかい?
この世界は、何度でも高志によって書き換えられてしまい、安定してない。他の人間はいいだろう。書き換えられた瞬間に記憶も失うわけだから。
しかし、この世界でただ一人、かがりだけは前の世界での記憶を持っているから、たまらない。賽の河原で、石を積み上げていたら、鬼が来て崩すというが、まさにそれだ。
高志に日記を書き直すことを止めさせなければ、彼をそうやって救わなければ、私のアイディンティティも危ないってことになる。
そして、また、農大前にあるツタヤのスタバまで戻ってきた。
今回は、実行に移そう。長い間、暖めていた計画がある。
「おはよう、マリア」かがりは、徐々に細部が見えてきたマリアに向かって言う。
「何よ、急に。それに、今は夜だよ」マリアは、すでに黄色いパーカーを着ている。高志が偶然見かけた農大の生協にいたというオリジナルのマリアの格好である。まあ、オリジナルのマリアがほんとうにマリアという名前なのかどうかまでは知らないが。
「マリアさん、時間がないから手短に話すね。今から、ある男が来ます。その男にはショック療法が必要なの。彼はこの世界を作ったんだけど、ちょっとびょーきなのよね。彼を治療しないと、私たちまで病人になっちゃうってことよ」
「何言っているのよ?」マリアは、子供のように無邪気に笑う。
補足稿「1712202」
「ねえ、私たちって、いつからここにいるのかな?」かがりがいつものように、退屈そうに言う。
「何それ、決まっているじゃないの」マリアは答える。
「覚えているの?」マリアは、当たり前でしょう?と言いかけて、あれ、どうだったっけと思う。
「いや、今、思い出した。そういうことね」かがりの言葉の意味をようやく理解した。
「そう、そういうことよ」かがりが、かすかに微笑む。マリアは、かがりのこの曖昧な意味のありそうな笑顔が好きだった。
「何か質問をすると、何故か、答えがそこにまるでもともとあったかのように、急ごしらえで現れるってことね。例えば、私はどんな格好をしているでしょうか」さっきまで、どういう服装かぼんやりしていたマリアの服装が、ようやくはっきりしてきた。黄色いパーカーを着ている。
「面白いよね、この状況」かがりの服装も同時にはっきり見えてきた。清楚な感じのワンピースだ。私なんて、家着みたいなのに、かがりが美人だからって、ちょっと差別じゃないのと思う。
「ちょっと、実験して見ない?」かがりが言う。
「いいよ」
「あら、マリアさん、どうしてスケッチブックなんか持っているの」まるで、大根役者のような大げさな抑揚の、かがりの台詞。
「そりゃ、きっと、あれでしょう」その瞬間、マリアは気がついたら、スケッチブックと、マッキーを手にしている。言葉がでない。どうしてこれを持っているのか。まだ意味は生まれていないようだ。
「こうやって、待っていると、誰かが現れるのかもね。次の登場人物っていうか、この世界の次の犠牲者」かがりは楽しそうにしている。
「犠牲者とは限らないわよ、もしかして、この世界の創造主かもよ」まさかねとマリアは笑う。
「ああ、耳がきんきんする」といって、マリアはランダムに数字を書いた。筈だったのだが、次の瞬間には頭痛とともに数字が頭に浮かんだ、ということになっていた。
きっと、この数字には意味が生まれるはずだ。今、この瞬間、この数字の意味はどこかで生まれているのだ。
「来たよ」かがりが、マリアにこっそり、耳打ちする。きっと、右側だなと思うとそこにぼんやりした男が立っていた。ぼんやりしたというのは比喩でもなんでもなく、文字とおり、ぼんやり見えているということである。
「どうして分かったの」
「だって、私、微妙に超能力を持った人が分かるの、それってきっと、意味のある人間のはずでしょ」笑いこらえるように、かがりが言う。
「なるほどねー」
「次の犠牲者かー、何の数字だろうね」スケッチブックの数字を見ながら、明らかにマリアは、ぼんやりした男に向かって演技している。
「犠牲者っていうなー。電話番号か、住所か、生年月日かな。まあ何にせよ楽しみだね」
二人は、笑いあう。
不定期連載小説「微能力者ダイアリー」高志6(高志編 終)
「いや、5分後の自分の心の呟きが聞こえたんだ」ミンヒは、自分の能力のことを忘れたのかなと思う。
「ありがとう、そういう能力を思いついてくれて」ミンヒは、高志の手を取る。そして、歩みを止める。
「どうしたの、歩かないとだめ。たぶんここにいたら危ない筈だよ」高志は、だんだんとはっきりする予感に急かされる。
ミンヒは、にっこり笑う。
「ありがとう。でも、その予感は、ちょっと違うと思う。もう時間がないから、手短に言うね」
高志を見つめる。周囲の風景が、さっきからかなり単純化されてきている。休日昼の新宿だというのに、喧騒はなく、車も走らず、人間も2人以外には誰もいない。
「もういいよ、おっぱ。確かに、辛かったと思うよ。でもね、もう5年だよ。あと、5分後に起こった出来事から、もう5年も経ったんだよ」
さみしそうな笑顔で、問い詰めるように言う。
建物も徐々に消えていく。もう背景は完全にない。色すらもない。灰色のようなぼんやりした空間だけがある。
「何を言ってるんだ。ぜんぜん分からないぞ」高志は、ミンヒの態度が急変したことで戸惑う。
「今、きっと、自分の作った世界を自分で信じきっているんだね」ミンヒは、確かにさっきまで、いまいちなおばさん風の黒か白か茶色かの服を着ていたように思ったのだが、目の前にいるのに、どんな服を着ているのか分からなくなってきた。
「あのね、あと5分後に、私の身に・・・、いや、もうあと4分後くらいかな、あるとても大きな不幸が訪れるの。
おっぱは、その事実を認めたくなくて、その不幸が起こる数日前からの日記を何度も書き直しているの。
二人の関係自体も、いろいろ変えてみた。現実には起こらなかったこともたくさん書き加えたし、書き換えた。
ちょい能力者ってのも、作ったものでしょう。
そして、私は今、この世界では予知夢の能力があって、本来の私、現実の私には見れなかったはずの未来も、全部見てしまったんだけど。
今回は、恋人とも妹ともとれない関係になっているけど、そういうとこを変えることで何か奇跡が起こることを期待していたんじゃないかな。
まあ、私たちがどういう関係だったのか本当のところは・・・。」さあ、どうでしょうと呟いて、無邪気におどけてみせる。
「何度も自分の日記を繰り返し書き直すことで、現実に起こったことを覆そうとしているみたい。
でも、現実には5年間も、時間は過ぎている。おっぱには事件が起こったときにはなかった白髪も混じっているんじゃないの、私には見えないけど。
おっぱ、私はもう十分幸せだよ。もう、こんなことしなくてもいいから、現実の生活を大切にして欲しいの」
ミンヒの存在は、確かにそこにあるのだが、すでに描写するべき肉体は持っていない。
「現実には、私が喋れた最後の瞬間には、言えなかったけど、分かっているよね。おっぱを愛しています。私は、幸せだったよ。だから、本当の生活に戻ってね」
高志にはミンヒの声だけが、聞こえる。いや、聞こえるというよりも、読める。高志はミンヒの声を文字として、読んだ。
そして、それが自分が手にしているノートに書かれている文字として読んでいることに気がつく。
「ここは、どこだ?」高志は、そこが本来の自分のいる世界であることを思い出して、愕然とする。
そして、ノートにはしおりのように、付箋紙が挟んである。
ベトナム料理屋で、ミンヒに渡された付箋紙だった。
不定期連載小説「微能力者ダイアリー」高志5
あの時はミンヒにはああいったものの、考えてみれば、予知夢というのは、あいまいなものだ。
夢というのは、様々な意味の分からない風景の連続である。一貫した思考があるわけではない。そこに映るイメージも多種多様で際限が無い。だから、たまたま覚えていた何かが、社会の現象の何かと一致していても、変ではない。むしろありふれている。カール・セーガンも、予知夢は科学的に検証が難しくおそらくはその存在が疑われると否定していた筈だ。
週末、土曜日、新宿駅でミンヒを待つ。今日も、いまいちなファッションだ。
ミンヒはちょっと、大人すぎるファッションを好む。色は濃いものが好きでほとんど黒か、白か茶色。それも、あえて一言で言ってしまえば、おばさんっぽい。だから、顔も動作もけっこうかわいいんだが、どことなくおばさんっぽくも見えてしまう。彼女によれば、それは父が50歳、母が35歳の時の子供だからだという。
おなかが減ったというので、まず、二人でよく行くベトナム料理屋に。
「おっぱ、今朝、ちょっと物語がある夢を見たんだ。たぶん、今日のことだよ」ミンヒが言う。
「へえ、どんな?」高志は生春巻きを食べつつきく。
「今日は、映画を見に行くでしょ」
「うん、『エスター』ね」
「私、もう、落ちまで見てしまったよ」
「そりゃすごい、でもあたったら残念だね」
「いや、そうでもないよ、かなりリアルな夢で、ちゃんと夢の中でカンドウしたからね。でね、後で言っても嘘だと思われるだろうから、ここに、メモして来た」と言って、ミンヒは、折り曲げて中が読めないようになっている付箋紙を高志に渡す。
「映画が終わってから読もうね」高志に向かってにっこりする。
外はいい天気。そういえば、この店に来るときはたいていいい天気だ。
しばらく、夢の話からは外れて、世間話をする。デザートになり、ベトナムコーヒーのしずくがカップに落ちるのを眺める。
「予知の夢を見ている時って、夢の中で別の人生を歩いている感じ、すごくリアルだから、普通のやつかどうかすぐ分かるんだよ」
「いつも同じ人生?」
「いや、毎回訪れる世界は、同じじゃなくって、微妙にずれた世界かな」
「パラレルワールドかな」SF好きな女の子は少数派ということを忘れて、高志はつい、SF用語で言ってしまう。
「なにそれ?」
「人間は生きているときに、数多くの選択をする。朝、起きる時、もう5分ふとんにいるか、起きるかとかさ。そして、数学上は、それらのすべての可能性に続きがあることになっている、なっているというか、数学的に証明されている。で、パラレルワールドというのは、そういう些細なそれぞれの選択をした世界が、無数にあるという考え方なんだ。
だから、ミンヒが見たのは、現実とちょっとずれた世界かなって思ったんだ」
「どうだろう、何が違うかなんて、確認しようもないし。夢の中ではそこが現実だしね」
それはそうだ。夢の中では、そこを今の世界と同じと信じていることがほとんどなのだから、確認するはずもない。おなかがいっぱいになった。
店を出て、道を歩いていると、高志の心が呟いた。
(危なかった。さっきのとこに止まってなくて良かった)
「ミンヒ、ずっと、僕についてきて、止まったら危ないことがあるかもしれない」
「おっぱも、予知夢?」ミンヒがのんきに笑う。
不定期連載小説「微能力者ダイアリー」高志4
電話が鳴った。いまどき、珍しくごく普通のぴーぴーという着信音である。
マリアがの携帯だった。ああ、分かったもうすぐ戻るよなどと言っている。
「妹。もう帰らないと」とかがりに説明する。
「じゃあ、私もこれで」と高志はかがりの美しい髪を眺めながら、ちょっと名残惜しいかもと思う。
「私たち、時々週末にここにいますから、またお会いするかもしれません、あと、他にもたくさんチョイ能力の方がいらしゃるので、ちょっとした楽しいサークルになっていますよ」
「君は孤独じゃないってことね」ちょいヲタな高志はつい、とあるアニメのタイトルの邦訳を口にしてしまう。じゃああ、またーなどと互いににこにこして頭を下げる。
高志が家に帰ると、また心が独りでにつぶやいた。「こいつ、声は本当にかわいいよな」だれのことだ?ああ、分かったと思う。声以外もかわいいんだが、特に声がいいと思う。
着替えて、しばし携帯を握って待つ。次の予感が浮かぶ。「ミンヒ」案の定、高崎のお嬢だった。これは高志がこっそりつけたあだなであり、本人には絶対に言えない。
ちょうど、予感があってから、4分45秒でこっちから電話してやった。
「あんにょんー」と元気に挨拶すると、携帯の向こうで、20代前半の女の子が笑う声がする。「何かさー、また今日は予感の日らしくって、電話くるの分かっていたから、こっちからかけてみたよ」
「おもおもー、すごいねー、今、電話しようかと思ってたんだよー、おっぱー」おっぱーというのは、韓国語で恋人に対する呼びかけだが、実の兄にも先輩にも使えるし、彼女がどう思っているのかは、微妙だ。
「ミンヒ、元気だねえ」日本人が耳にすると、ミニと聞こえるが、やや強引につづりのまま書くとミンヒとなる。ミンヒは、名前から分かるがいわゆる在日である。彼女は珍しく、家がもともとは北系だったのだが、もともとの父親の家族が南のテグ(韓国の都市)にいたために南に行きたい思いが強すぎて、家族全員で民団系(韓国系)に鞍替えした。在日では珍しく、北朝鮮も行ったことがある。その事実だけでも、高志は彼女に好意を抱いていたが、背が高く猫系の顔で長い髪というところも、高志の高感度ポイントになっていた。
しばらく、いつもの他愛ない話をしていたが、ミンヒの思いがけない言葉に高志ははっとする。
「あのね、おっぱー、時々だけどね。私、夢で見たことに近いことが起きるんだよ。見ようとしても見れないんだけど、2週間に一度くらいかな」この子もチョイ能力者かと思い気があせる。
「え、どんな夢なの」
「たとえばね。空を飛ぶ夢を見たら、お父さんが韓国行っちゃった」彼女の父親は、自営業で成功しており、韓国に工場を持っていた。だから、彼女は社長の娘、だからお嬢。父親である社長は年に4回くらいは、韓国に行っているらしいので、それは予知夢とは言えないと思ったが、次の言葉で、確信した。
「あとね。渋谷に大中ってあるじゃん、中国物産の。あれが、無くなる夢を見たのね。そしたら、翌日、デジュンが亡くなっちゃったよ」大中は、韓国語読みでデジュン。そして、韓国語でデジュンとは、キム・デジュン元韓国大統領のことである。確かにある程度の高齢ではあったが、翌日亡くなるというのは、やはり、予知夢と言ってもいいだろう。
「それ、すごいよ、絶対ちょっとした超能力があるよ」高志は心からそう思う。ただし、大中は渋谷だけでなくて、全国にあるが、渋谷には特に意味はないだろう。単に彼女がよく行く街というだけだろう。
「あとね、おっぱー、週末東京行くから、デートしよー」高志は、ミンヒの猫っぽい姿を思い浮かべる。
不定期連載小説「微能力者ダイアリー」高志3
「ディックの反超能力者みたいな?」フィリップKディック好きな井上には、説明されるまでもなく分かった。
「つまり、チョイ能力者がいても、近くに妹さんがいるとその能力が封じられてしまう」
「そういうことですよくご存知で」八坂かがりは、にっこり微笑む。
「それで・・・」二人の女は、同時にしゃべり始めて、笑う。
「井上さんの能力ですけど、どういうものなんですか。私、チョイノウの人かどうかは分かりますが、どういうものかまでは分からないんです」かがりが聞く。
「私の能力も、これは分かりにくいし、単に誤解で偶然が重なっているだけかもしれないんですけど、時々、自分が本来は5分後の未来に感じるであろう言葉や感情が前取りできるんです」
マリアが、作った標準語で聞く「それって頻繁ですか」
「だいたい2日に一度くらいです。それで、そういうことが起こると、その日はだいたい朝からそれで、起こる日にはほとんど2時間おきくらいです」実は、その半分くらいだが、多めに告白する。
「それで、十分です」かがりが言う。「分かりました。ありがとうございます。せっかくそういう能力をお持ちでありがながら、それが特殊なことって気がついていない方が多いのですよ」
「私も普通にあることだと思っていました、だって、これって単にやや勘が鋭い人じゃないですか」
「まさに、そうですよ。そもそも私は超能力ってまったくの眉唾って思っていますから」とかがりは意外なことを口にする。「でも、足の早い人もいれば、遅い人だっている。だから、勘が普通の人よりも鋭い人ならいるでしょう。さすがにいわゆる予知能力者がいれば、私は即座に疑いますけど」
不定期連載小説「微能力者ダイアリー」高志2
女の子達は、ひとしきり笑うと高志に気がついたようだ。友達らしき女の子が、じっと見ている。「マリ、あの人もチョイノウだよ」「ああ、そうなんだ」パーカーも高志を見る。
時間は夜8時くらい。世田谷通りに面したスタバの店内席には、今日は珍しくたまたま人が少なく、他に親子連れ1組、男子学生の5,6名の団体がいただけだった。
何というか、気まずくなり高志は視線を落とす。
「良かったらお話しませんか。」気がつくと、友人の女の子が、すぐそばに近づいていた。「あのー何を?」あの数字の意味について、知りたくはあったが、宗教の勧誘とかだったら嫌だなと思ったのだ。
「あなたの特殊な能力について・・・。不思議に思ったことはあるでしょう」そりゃ、まあ。
さっき座っていた時は、横顔であまり見えなくて気がつかなかったが、黒髪で前髪を揃えていて眼と口が小さいのに、整っており全体的には目立つ顔で、分かりやすい和風美人だ。
服装も、パーカー娘と違って、ちゃんとした白いワンピースに薄いグリーンのカーディガンを羽織っている。パーカーが農大購買部で働いていたから、てっきり大学生同士と思ったが、20歳代後半に見える。
「私達も同じです。だから」男は誰でも美人に弱い。
「分かりました、ちょっと奥で買ってきますから、少々ここでお待ちください」高志は悪いようにはならないだろうと思い話を聞くことにした。
女の子達の向かい側に座る。
美人は高志にやわらかく微笑んで、自己紹介を始めた。
「まず、名前から言いますね。私は、八坂かがり、それでこっちが」と黄色いパーカーの女の子に眼をやり、「斉藤マリア。マリアのちょっとした超能力、私達はこれをチョイノウリョクって呼んでるんだけど、マリアには自分の半径5m以内の人に関する数字をランダムに受け取ることがあるの。ただ、その数字が何の意味があるのかまでは分からないんだけどね。そして、その数字を発する人は、マリアに関係した人か、あるいは将来関係する人なんです」
高志は、美人の黒髪にできている天使の輪に気がつきうっとり眺める。黄色いパーカーと二人並ぶと、つい眼がそっちに行ってしまう。視線が偏ってしまうのに、気づかれていまいか。まあ、気づかれているだろうな。
「八坂さんに、斉藤さんですね。私、井上高志と言います。斉藤さんは農大の学生さんですか?学園祭の時に大学行った時に、購買部でレジを売っておられた方によく似ています」ていうか、あのときと比べてやけに老けているように見えるけどと思ったが言わない。
「それ、たぶん、私の妹ですよ」と斉藤マリアが言う。彼女の言葉には関西弁っぽいイントネーションがある。
「私、この辺にある会社のOLです。まあ、妹もちょっと面白い能力があるんですが、まずは八坂さんの能力から説明しましょうか。彼女は、チョイノウの人が一目で分かるんです。だからさっき、井上さんを見て気がついたわけです。私の妹の能力も、八坂さんが見出さなかったら、気づくこともなかったでしょうね。だって、すごく分かりにくい能力なんだもん」
八坂かがりが言葉をつぐ。
「斉藤さんの妹さんは、反チョイノウリョクシャなんですよ」
不定期連載小説「微能力者ダイアリー」高志1
突然、どうしようもなく感情が揺れ動く事があるんだが、高志は最寄り駅から帰宅途中の真ん中にある交差点でふらっと来た。
心が呟く。「この人、こんなに老けていたっけ?」なんだろうね。たまには、予想してみるかな。久々に友人に自分のご近所で出会ったとか、いや、それはないか、友人は自慢にならんが、少ない。
じゃあ、単に顔なじみに久々に会ったんだろうか。たとえば、今整骨院になっているが、前はクリーニング屋だったあの店番の美人の若い奥さんとか。それは、単に願望ってやつだろ。それか、たぶん高齢で止めてしまったあの酒屋の感じがいい老夫婦かな。あの夫婦は本当に見ていて心が和んだ。こんな夫婦になりたいと思わせた。まあ、小生いまだに結婚すらしてないが。
さて、あと自転車で2分の場所に着いた。このまま、家に着いたら間違いなく、TVをつけて、そしておそらくは久々な芸能人を見てさっきのことを思うんだろう。この人、こんなに老けていたっけ?それって、つまらないよな。だから、あえて家には帰るまい。
特に行きたくもなかったんだが、ツタヤに行って見た。たぶん、そこで久々な誰かに会うはずだ。誰だろうな、と期待しつつ、店内を見回す。そして、その答えがいた。いましたよ。
農大購買部でバイトしていた、額が広く魚っぽい面白い顔の女の子だった。高志は、面白い顔が好きでつい記憶する癖があった。だから、極端な時には5年前に新宿駅構内ですれ違った小学生の男の子に再会して、大きくなったなあと思ったりもする。
で、面白い顔のその子が、ツタヤに併設してあるスタバでたぶん友達らしき女の子と談笑していたのだった。今日はジョギングの途中で寄りました的な黄色いパーカーを着ていた。単にファッションに興味が薄いのか、あまりにもツタヤがご近所過ぎて、家着のまま出てきたかなんだろうな。
で、さっきのことを思ったわけだ。あれ「この人、こんなに老けていたっけ?」記憶違いだったのかなと思ったんだが、それ以前そもそも農大購買部のあの子ではないんだろうな。つまらない落ちだがそんなのが真実なんだろう。
そうして、高志は自分のこの微妙な超能力・・・いや、超じゃない能力だから微能力か・・・の意味のなさについて思う。つまり、高志には、時々そうなのだが5分後の自分の感情が先取りできる能力があった。たぶん、常にそうだったら役にも立つ能力なのだろうが、この先取り能力は不定期に訪れる。
黄色いパーカーの女の子は、「耳がきんきんする」と言いながら、スケッチブックに黒のマッキーで数字を書きなぐる。1712202。なんだこれは、見覚えがあるぞ。高志は思い出す。ああ、1-7-12-202か。ってか、それ家の住所じゃないか。
パーカーの友人が笑いながら言う「次の犠牲者かー、何の数字だろうね」。パーカーが言う。「犠牲者っていうなー。電話番号か、住所か、生年月日かな。まあ何にせよ」友人が右の親指を立てる。「楽しみだね」だねだね、女の子達は笑いあうのだった。
