玉川浄水 羽村取水堰
玉川上水の始まりを観に行きました。(東京都羽村市)
玉川上水(たまがわじょうすい)は、かつて江戸市中へ飲料水を
供給していた上水(上水道として利用される溝渠)であり、
江戸の六上水の一つだそうです。
また、一部区間は、現在でも東京都水道局の現役の
水道施設として活用されています。
羽村取水堰で多摩川から取水し、武蔵野台地を東流し、
四谷大木戸(現在の四谷四丁目交差点付近)に付設された
「水番所」(水番屋)を経て市中へと分配されていて、
水番所以下は木樋や石樋を用いた地下水道であったが、羽村から
大木戸までの約43キロメートルはすべて露天掘りであった。
羽村から四谷大木戸までの本線は武蔵野台地の
尾根筋を選んで引かれているほか、大規模な分水路も
それぞれ武蔵野台地内の河川の分水嶺を選んで引かれている。
1722年(享保7年)以降の新田開発によって多くの分水(用水路)が
開削されて武蔵野の農地へも水を供給し、農業生産にも大いに
貢献したそうです(代表例、野火止用水、千川上水)。
羽村取水堰付近にある
羽村取水堰
取水堰直下の様子。 かなりの水量です。
ここが歴史的遺産であることを説明している案内板
羽村取水堰近くの玉川兄弟像の横から観た多摩川。
牛枠とは昔の人たちが先人から受け継いだ経験や
知恵に基づき、河川にある自然の素材を利用して
作った川を治めるための構造物のことです。
思います。 ちょっと多摩川にも入ってみました。
江戸時代の水路が今も現役で活躍しているとは
当時の技術力のレベルが高さに驚かされます。
見応え度:★★★★☆☆








