世田谷城跡
世田谷城址に行ってきました。
(東京都世田谷区豪徳寺2-14-1)
現在は世田谷城址公園となっています。
このブログを始める前に一度訪れたことがあるのですが、
せっかくだからレポートしたくて、もう一度来ました。
案内にはこう書かれています。
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世田谷城跡
世田谷城は武蔵野台地の一角、南東に張り出した舌状
台地の先端部に立地し、西・南・東の三面に烏山川が
蛇行し、北には小支谷が入る。十四世紀後半に吉良治家が
居住したのに始まると伝える。
吉良氏は清和源氏・足利氏の氏
族で、世田谷吉良氏は
その庶流にあたる。はじめ鎌倉公方に仕え、十五世紀後
半に関東が乱れると関東官僚・上杉氏やその家宰・太田
道灌に与力し、十六世紀には北条氏と結んだ。北条氏と
上杉氏との勢力争いで、享禄三年(1530)には世田谷
城は攻略されたと伝えるが、のち吉良氏の手に復した。
この間、吉良氏と北条氏と婚姻関係を結び、その庇護下
にあったが、天正十八年(1590)、豊臣氏の小田原攻略
により、世田谷城も廃城となった。
世田谷城の濠・土塁の構造は天文六年(1537)の
再築とされる深大寺城のそれと類似しており、十六世紀
前半に防御の為、大改築がなされたことが窺える。
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これは公園化によって造られたもので、石垣とかではありません・・・
公園内にも別の情報板があります。
(以前、訪れた時にはなかったような? イマイチ覚えていません・・・)
遺構と右側は土塁がわかります。
上から見下ろします。
どうやら、土塁は裏の団地まで続いているみたいです。
(他のサイトなどをみると団地の敷地内で入れない部分の
方が、土塁などがハッキリ残っていそうでした)
園内の別案内板にも同様の説明があります。
現在の園内の案内もあります。
これでどこが土塁かなどは一応わかります。
やっぱ前回来た時にはなかった気がする。
ここまで親切だと素人には助かります!
情報が充実しているので、個人的には嫌いじゃないです。
すぐ近くの豪徳寺とセットで散歩したらいいのでは
ないでしょうか。
東急世田谷線宮の坂駅からの街灯には「城山通り」の文字が。
見応え度:(豪徳寺とセットで)★★★☆☆











