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福岡で子育てしながら仕事をするママ

四児の母としてたくましく子育てして、
長生きしてもらいますわ

今日も、
またまたお母さんにくら寿司をごちそうになりました。

その後は、
私の地元である

六本松

護国神社
に、参拝をしにきました。
なんといっても、 
本日は終戦記念日。
祖国の為にと
犠牲になられた英霊
そして
犠牲になられた
全ての方々の為に
お母さんと私と
四人の子どもたちで
参拝をさせて頂きました。

お盆期間の
13日から16日まで
みたま祭り
が開催されていて
出兵されて命を落とされた
遺族の方々等が
その方の名前と、
住所が書かれた提灯や灯籠を
奉納されている。
30年くらい前このみたま祭りに行った時はもっと沢山の灯籠が
びっしりと参道や境内を
埋め尽くしていたが
遺族の方々が
年々少なくなっているせいか、
30年前の4分の1程になっていた
母のお父さんの実兄である
私の大叔父の勉さんは
インパール作戦により
1944年6月26日
戦死している。
勉さんの母である
私のひいばあちゃんが
この護国神社に、
木を植えている。
インパール作戦の特集がNHKで
放送されていたので見てみると
佐賀県出身の
牟田口れんやという
上官が指揮したとのこと。
兵が5000人しねば陣がとれる
等と言い放ったらしい。
その無謀な作戦の裏には
軍の上層部の
人情論があったらしい。
くだらない人情論で
そんな多大な犠牲を払って
いいわけがない。
 
インパール作戦での惨状を日誌に記した齋藤博圀さん(96)が、
存命なのが嬉しかった。
三万人以上が犠牲になられた
インパール作戦。
当時の上層部は
「自分たちが計画した戦が成功した」
と言ったらしい。
5000人以上が亡くなられたから成功なのか? ふざけるのも大概にしてほしい

齋藤さんはこう言った。

「日本の軍隊の上層部が
悔しいけれど兵隊に対する考えはそんなものです。
知っちゃったら辛いです。」
自分の耳で聞いたとのこと
もう、96歳になられる
お爺ちゃんが泣いているのを
見て、心を打たれた。
人をどこまでも狂わせる戦争が
段々と忘れられようとしている