今年の二月、使っていた携帯電話が四年という寿命を終えて逝ってしまった。
死因は電池に水滴が侵入したことによる溺死―
私にとって時計は手錠のようなもの。装着すると"時間"に身体を縛られてしまうため、何もできなくなってしまう。だから外出時は時計を持たずに携帯電話を持ち歩く癖がついてしまった。
「充電するやつが壊れたのかな?」
携帯電話の最初のSOSは電気という食事を摂らなくなったこと。
いつものように充電器に挿して食事をさせようとしたら赤いランプが点灯しなかった。
私の使っている充電器は携帯電話が最初に付き合っていた相手ではない。物忘れの激しい性格と旅行好きということから無理矢理、二人を別れさせてしまった。そして強引にコンビニという見合い場所で違う充電器とお見合いをさせてくっつけてしまった。こういう事情があり、携帯電話は時々、食事を摂らないという反抗的な態度をとるようになった。だからきっと今回もその反抗に違いなかった。
「お前が反抗的な態度をとっても無駄だ。愛する彼女とは二度と会えない」
何分か問答が続くと携帯電話は主人である私に逆らえないことを思い知るのか、すぐに機嫌を直して食事を摂るようになる。でも今回は最後まで食事を摂らずにそのまま呼吸停止になってしまった。
何度か心臓マッサージをするために携帯電話をうつぶせにして背中にある電池を取り出してはキレイに洗浄作業をし、マッサージをしてみたが息を吹き返さない。応急処置をしても無駄だと知った時には遅かった。
「電池の部分に水が入ったことによる水死です」
近くの個人ショップに連れて行った時には逝ってしまっていた。
何分間か新しい電池に取り替える手術をしたり、助かると思われる手段
「この携帯電話どうしますか?」
「連れて帰ります」
ショップの店員の後ろに置いてあるダンボールの中には携帯電話たちの亡骸が沢山あった。
このダンボールに入れられている亡骸はリサイクル工場に運ばれ、そこで解体され、転生するのを待つことになる。
今まで携帯電話に酷いことをし続けてきた罪滅ぼしがしたいわけではなかったが、携帯電話が最初に付き合っていた充電器に会わせる前に転生させるわけにはいかないと思った。
「では新しい携帯を渡しますので少々お待ちください」
携帯電話をハンカチに丁寧に包んでから専用のフォルダーに入れた。
カウンターでただ待っているのも暇だった。店内にいる客の数を数えたり、人間観察をしてみたり、ショップの外の様子を見たりして待つことにした。
「どんなに吹雪いていてもお前と一緒だったな」
私と携帯電話が出会った日も雪が降っていた―
大学進学が決まって住み慣れた町から大学がある見知らぬ町へ引越しが決まった日、心配性の両親と共に携帯ショップに訪れた。店内には色とりどりで最新の機種が揃っていた為、自分のパートナーを決めるのに迷った。
「これがいいんじゃない?」
両親はデザインより使い心地がいい方を選んだ。
私は使い心地がいい方よりデザインを選んだ。
「あっ!これドラマの登場人物が使っていた携帯だ!!」
この間終わったばかりのドラマで登場人物が使っていた携帯がカウンターの前に飾られていた。私はミーハーな性格だったため、この携帯電話を見つけた瞬間、迷っていた気持ちが消えて決まった。
「この子にするよ」
買った当初は携帯の表面のディスプレイに時間や文字が浮かび上がる技術が自慢で誇らしかった。どこに行くにも一緒で何もしないのに携帯をいじくっていたりした。でも、しばらくすると携帯をよく忘れるようになり、あまり使わなくなった。流行という流れと人の目が気になりだしたのだ。
「なんのために携帯電話を持たせたと思っているんだ。お前の携帯は本当に不携帯電話だな」
こんな父の寒いギャグまで言われるようになる。
流行遅れの携帯電話が嫌で持ち歩くのが恥ずかしいなら新しいのに替えればいい話だった。
その作業は簡単に見えるが実は難しい。ショップに出向かなければいけないし、新しいのは諸費用がかかって高い。一人暮らしを始めて間もない貧乏学生の私には更に難しい作業だった。だからと言って親に頼んでその作業をしてもらうわけにもいかない。生活費や学費をすべて負担してもらっているのにも関わらず、携帯電話が古いから持ち歩けないという理由で新しいのに替えるというような贅沢な願い事は絶対に言えなかった。
「できないならできるようにすればいいじゃん」
大学の悪友に相談するといいことを教えてくれた。
新しいのにするためにわざと携帯を壊して使えなくするという荒業。友人は実際にこの荒業を使って新しい携帯電話をGETしたらしい。私もこの手段を使ってみようと思ったが、
壊そうとする度に携帯電話との思い出が蘇ってきて壊せなかった。
自分の知らぬ間に携帯電話に愛着を持ち始めていたらしい―
一人暮らしを始めてから携帯電話は私を助けてくれていた。
寂しい時は家族の声や地元の友人たちの声を聞かせて励ましてくれたり、大学で新しい友達がなかなかできない時は友達を作るきっかけを作り助けてくれたり、好きな人ができた時は気持ちを伝えるのを手伝ってくれたりした。自分の知らない間に携帯電話に思い出が詰まっていたのに気付き、壊すのを止め、新しい携帯電話を欲しがるのも止めた。
「もうすぐ卒業だったのになぁ」
来月は大学の卒業式―
卒業式を迎えたら一緒に見知らぬ場所で戦ってきたご褒美として携帯電話をメンテナンスに出そうと思っていた。その矢先に突然逝ってしまうなんて……。
「もっと大事にしてやればよかった」
流行という一時的なものに流されてしまった自分を恥じた。
携帯電話と出会った時のことを思い出しているとカウンターの向こうから店員が新しい携帯電話を連れてきた。
「ご希望の機種はこちらでよろしいでしょうか」
逝ってしまった携帯電話の代わりに新しい携帯電話を迎えることになった。
なるべく前の子と似たような子を探して決めたが、最新機種なため使い心地が悪い。手に馴染まないし複雑な操作ができるようになっているらしく、さらい分厚くなった説明書とまずは話し合わないとすぐには使えなさそうだった。誰よりも新しい携帯だから嬉しいはずなのに嬉しく思えなかった。
新しい携帯電話の使い方を簡単に店員に説明された後、キャンペーン中だったらしくいろんな粗品をもらった。両手いっぱいに荷物を抱えて帰宅することになった。
「確かここにしまったはず……」
無理矢理引き離してしまった充電器を探してみる。
狭い我が家の隅々まで探してみるが見つからない。整理整頓が苦手な私の部屋はジャングル状態で充電器はその中にある宝物といった感じになっているらしい。このまま手探りで探すのは体力と時間の無駄と気付き、苦手な掃除や整理整頓をしながら探すことにしたが、部屋が綺麗になっていくだけで結局、見つけることができなかった。最後まで携帯電話の愛しい人と離れ離れにしてしまった。怨まれるのは嫌だから掃除の時に発掘した綺麗な箱にハンカチで包んだまま携帯を入れ、押入れの奥の方に埋葬することにした。
「まだ少しここで眠っていてね」
押入れに埋葬しないで転生させてしまったほうがよかったのかもしれない。
でも手放すことはできなかった。
携帯電話の愛しい人と再会させるまではなんてただの言い訳にしかすぎない。
本当はダンボールの中の山積みになった亡骸たちのようにさせたくなかったのかもしれない。今まで粗末に扱ってきた私がこういうことを思うのは自分勝手なエゴだということはよくわかっている。しかし、一緒に見知らぬ場所でいろんなことに対して戦ってきた戦友に卒業という自分の晴れ姿を見せたかった。
当日、私は電源のつかなくなった冷たい携帯電話をピンク色の新しいハンカチに包んで鞄の中に入れ会場へと連れて行った。"ありがとう”"さよなら”を心の中で呟きながら卒業書証を受け取った。
END