彼との付き合いは約5年☆彡

今まで付き合ってきた人の中で一番続いてる。

いつも私から嫌いになって振るか、相手に遊ばれて振られるか

そのどっちしかない。だいたいはすぐに相手のことが嫌いになって別れるっていうパターンが多いかな。



って自慢じゃないですよ(;´Д`A ```



今の彼のどこがいいのかわからない。

一緒にいて居心地がいいとか

一緒にいると眠くなるとか

一緒にいると甘えたくなるとか

一緒にいるとプラスになれるとか

考えるとキリがない。



ってのろけじゃないですよ。


遠距離恋愛も3年目になるから、もう寂しいのは慣れたし

一人の時間をうまく使えるようになってきた。

一緒に住むようになったらうまくやっていけるか不安になるくらい

今の生活リズムに慣れてしまった。


"結婚"


23歳にもなろうとするとこんな言葉ばかり浮上してくる。

本人同士はそんな考えは固まってない。あってもまだ先の話。

今年、私が23歳、彼が25歳。そろそろって感じだよね。


でね、最近、すっごい考えるのが、北海道と関東の文化の違い。


北海道は家族の付き合い、親戚の付き合いがほとんどない。

お互い干渉しすぎない、適度な距離を保つ

比較的自由な世界。


だけど、関東は"家"に拘る傾向があるから、いろんなしきたりとかあるっぽい。

付き合いもそれなりにしなくちゃいけないっぽい。

だから彼と結婚をしたらうまくやっていけるか不安だったり。


今はとりあえず自分に不足してる礼儀やマナーを身につけるしかないかな。

あとは愛想笑いくらいできるようにならなくてはって思ったり。


どんなに壁があっても好きっていう気持ちがそれに勝っていれば

超えられるはず。とりあえず頑張らなくちゃね。

ダイエットって辞めるとリバウンドしません?

えぇ~リバウンドしましたとも(笑)

ってことで家族全員でジムに行ってきました(;´Д`A ```





なんかね、久しぶりに運動した






って感じでしたよ。



約1時間くらいひたすらウォーキングマシンを使ってた気がします。

母なんて5キロコースにしちゃったから、いつまで経っても終わらない(笑)


21時に行って帰宅したのは23時。

休日前だから人多いかなぁって思ってたんですけど

予想してたよりも少なかった♪

今日はかっこいいお兄さんもいたので目の保養になったわ♪


目の保養くらいしないと相手にしてくれない彼氏さんにクレーム言いまくってしまいそう。



(;´Д`A ```



仕事(夜勤)終わったみたいだから

疲れてるだろうし、そっとしておいてあげなくちゃね。

四年前の話になる。


私は初めて人の死を見た。

いきなり死体ではなく、死んでいく過程を・・・






(。>。<。)




私の住んでいる町から祖父母の家に行くには

車で2時間かかります。

祖父は祖母と二人暮らしで、祖母は左足を骨折してから

寝たきりで、祖父は祖母の介護を一人でしながら暮らしてました。

そんなある日、祖父は風邪をひいて倒れてしまいました。

いつになってもどこの病院にかかってもよくならないので

私の住んでいる町にある大きな病院に行って検査することになりました。

祖父は病院が嫌いな人でしたが、自分の体が尋常でないことが

わかったのか、おとなしく病院で検査をすることを了承しました。

で、2~3日入院して検査することに。




結果は・・・胃がんでした。

それも末期。生存率は0でした。

余命は長くて1年。短くて3ヶ月。

本人には告知せずに胃潰瘍と知らせました。

この日から私と母は祖父に嘘をつき続けなければいけなくなりました。




母は祖父の前では笑顔を作り、病室から出れば涙を流してました。

母はその時、まだ仕事を辞めてなくて、それであまりお見舞いにも行けず・・・

とてもつらかっただろうと思います。



三ヶ月すると病院から違う病院に行ってくれと言われます。



祖父は私の家から車で10分のところにあるボロボロの病院に転院することになりました。

そこでは治療方法がないため、栄養をとる点滴しか受けれませんでした。

ちょうど転院したのは秋だったので、隙間風がすごく入ってきて寒い病室でした。


↑劣悪な環境で入院生活を続けてると

 祖父は栄養失調で倒れてしまいます。

そして最初に入院した病院に再入院。

そこで医師に勝手に告知されてしまい、祖父は私と母が嘘をついてたことを知り

いっきに弱っていってしまいました。


そして絶望のまま死んでいきました。


私は初めて人の死んでいく様子を見て

   魂が抜けた遺体を見て

   肉体が骨になる様子を見ました。



↑ショックで今でも思い出すと涙が出ます。



祖父が死んだ後は祖父のことを忘れたくなくて

必死に記憶を保存することに力を入れてました。

でも、時間が経つうちに、どんな声をしてたか

どんな身長だったか、どんなぬくもりだったか

少しずつ忘れていきました。



このことがとても悲しかった。



でも、この時、お坊さんに言われました。



この世にいる人たちはあの世に行くために修行をしている

その修行が終わるのが死であり、それはとても喜ばしいことなんだよ。

いつまでも悲しむということは死んでいく人を不安にさせてしまい

あの世へ行けなくしてしまう鎖となる。

だから49日が終わったら忘れなくてはいけない



忘れるということはすべてからその人のことを削除するのではない。

その人が安心してあの世へ行って転生できるように

幸せになれるように祈ることだ



って言われました。

この言葉を聞いた時、悲しみが少し和らいだような気がします。

あの世のしくみなんてわからない。

死んでみないとわからないけど、お坊さんの言葉を信じたかった。

そうしないと自分が悲しみに潰されてしまうと思ったから。



今彼さんをなんらかの形で失ったとしたら

私は狂ったように泣き続けるだろう。

でも、いつか彼のすべてを忘れてしまう。

写真に残しても、ビデオに記録しても

その人そのものを感じることはできないから。

でも、それは私と彼にとってとても幸せなことなんだって思いたい。

忘れることは辛いからじゃない。

心が一つになったから思い出さなくても大丈夫になったということ。




祖父のことを思い出してあまり泣かなくなった今、そう思う。


更新さぼり気味の不良こゆんです








って。。。不良じゃないんですけどね(;´Д`A ```

最近、すっごい忙しくて更新できない状態が続いてます。




朝四時起床→朝6時半登校→夜20時帰宅




自分の好きなこともできず・・・毎日、中国語と英語漬けの日々でごわす。





たぶん、来年には二ヶ国語を操るスーパーマンくらいにはなるんじゃないかと(笑)




今日は疲れがかなりきてたのでさぼって早くに帰宅しちゃいました。

ということで更新☆彡(^。^)v

ゴールデン終わったらちゃんと行かなくちゃね。

研究して論文書かなくちゃいけないんだし(;´Д`A ```




ご心配をおかけしてますがどうぞご了承ください(゜゜)(。 。 )ペコッ

ゆっくりペースになってしまうし、コメント返しできなくなりますが

ごちごち更新していくのでよろしくお願いします。

コメントは落ち着いた時にでも返します。(゜゜)(。 。 )ペコッ

昨日?日付変わった頃、NHK総合でオレンジレンジのライブが放送されてました☆彡

いつもなら寝てる時間だったんですけど、なぜか昼寝をいつもりより多くしてしまったので

その影響で眠れなくて起きてたんですねぇ。









実は(c ̄- ̄) ここだけの話、YAMATOのファンだったりします。

あの目が大好きで(*/∇\*)キャ









ぶっちゃけ、ちょっとクセのある人が大好きだったりします。









だから本屋さんでオレンジレンジ特集の雑誌なんか見つけると

絶対買って切り抜いて自分専用のファイルを作ったりしてます(笑)

それくらい大好きなんですねぇ。(ファンとして)








でね、その放送見てたんだけど

全然、YAMATOの顔が見れない(ノд-。)クスン

そりゃ~しょうがないんだけどさ・・・だってライブ映像だからね。

でも、ちょっとくらいアップの回数増やしてくれたっていいじゃんかぁ。










あまり目当てのYAMATOが映らないので

途中で録画設定して寝てしまいました(笑)

やっぱPV買ったほうがいいのかなぁ?

先生との出会いほど大切なものはない









そう思います。

今の日本の教育は中身がからっぽです。

私が小学校三年生の時までは道徳という授業が必ずありました。

なのに、急にその授業がなくなり、学歴社会という色が濃くなりました。

今はゆとり教育が失敗して、子供たちは勉強にたいしてどういうふうに

取り組んで吸収すればいいかわからなくなってきている。

それがすごいストレスになっていじめ、学級崩壊なんかにつながってるんじゃないかなって。

今の教育環境は私の時よりも酷いです。

こんな酷い環境でいい人材が育つんでしょうか?










ゆとり云々より、机上の勉強じゃなくて心の勉強をしたほうがいいような。










昔、私が小学校5年生の時、最悪な出会いがありました。

その先生は50歳代くらいの人で自己紹介の時、自分のことを










「いい男と書いて先生の名前になる」









って言ってました。

(笑)をとろうとしてる趣旨はわかるけど

こういう挨拶の仕方でいいのでしょうか?

自分の名前を正しく伝えてからでも寒いギャグは言えますよね?










それどころか、そのジジィは特定の生徒をいじめる最悪な奴でした。

私の所属してたクラスには一人だけ知的障害者の女の子がいました。

その子はとてもいい子で誰にも迷惑をかけてませんでした。

ちょっと動作が遅かったのと、勉強ができないだけでした。

なのに、先生はみんなにそのこをいじめるように煽る行為をしました。

すると、やっぱりそのこはわかるんでしょうね。

腹痛を訴えて不登校になりました。








あと、そのこ以外にも、ある男の子もいじめられてましたよ。

給食をどうしても残してしまう子がいて、給食を残してると

先生がそのこを注目するようにみんなに言うんです。

誰だって好き嫌いありますよね?

もしかしたらアレルギーがあって食べれないのかもしれない。

もしかしたら小食な子なのかもしれない。

それを無理に全部食べさせようとしたんです。

その子は泣きながら給食を食べてました。









私はその先生にいじめみたいなことをされてました。

私は算数ができない子だったので、時々、答えがわかって手をあげても

絶対に当ててもらえませんでした。

でも、国語は得意だったので、手をあげてなくても当てられたり…。








こういう先生に出会ってからは、私は先生と学校が少し怖くなりました。

今もね、大学の教授が怖くて仕方ありません。

学校関連の建物に行く時、胃がむかつくし、体の倦怠感を感じます。







きっと、今、小学校5年生の時の担任にあったら

一発ぶん殴ってるかもしれません。

それができなくても、何か一言いってるかも。

強くなりたい。









誰よりもすべてのことに強くなりたい。












以前の私の願いはこれひとつでした。

今もこの願いは変わってなくて












誰かに守られるより、誰かを守りたい









って感じかな。

でもさ、強いことを演じ続けるのって疲れちゃうよね。

土台工事しないまま建てられたコンクリートの建物は

本当に強いと言えるんだろうか?








答えは否-






強さって無理やり作るものじゃない。

時間をかけてゆっくりと築き上げる力だと思う。

だから私は今、自分の恐怖と向き合って戦ってる。

時々、負けてしまいそうになるけど

そんな時は過去を思い出して

あんな過去のせいで潰れたくない!って

歯を食いしばっている。










私の言葉がどのくらい伝わるのかわからない。

でも、私は昨日、自分の過去をここで語ることによって

少しでも昔の自分のような人を救いたいと思う。










苦しいって言えない人は戦わなくていい。

自分の身近にいる家族と話をすることからはじめよう。

それでも言えないのなら、私のようにブログに書く。

絶対に自分の中に苦しみを溜めないでほしい。








身近に信用できる人がいる人はその人に話してほしい。

話しても何も解決しないなんて思わないで。

誰かに話を聞いてもらえるだけで楽になることだってある。










自分が死んでも誰も悲しまないなんて思ってる人は

本当にそうなのか自分の周りをよく観察してほしい。

絶対に誰か一人はあなたのために涙を流してくれる人がいるから。









生きる意味がわからない人はそれでいい。

だけど簡単に死を選ばないでほしい。

終わりにすることは簡単だけど

終わりにしちゃったらそこで何もかも終わりになるよ。

生きることを続けていれば何かあるかもしれない。

そのなにかはわからないけど、生きていることによって

生きるという意味がわかるかもしれない。

どうせ死ぬんだったら、生きるっていう意味知りたくない?









どんな状況にあっても、どんなハンデが自分にあっても

今の状況を変えることは何度だってできる。

いつでも変えることができると思えば少しは踏ん張れるでしょ。











今の私がそうだから。









人が怖い









今、私はこの恐怖と戦ってます。

だからもし、恐怖に負けそうになってる人は

どうか私の言葉を思い出して。

そして一緒に戦いましょう。

私は何かしら学校&教育に戦ってきたような気がします。









一番最初の戦いは小学校2年生の頃だったかな?

私は周りの子よりも身長があったし、天然の赤毛でもあったため

男の子グループにいじめられていたことがありました。

クレヨンを折られたり

モノを隠されたり

今でもいじめてきた相手の名前はっきり覚えてますよ。

相手の方は私のこと忘れてるかもしれませんが。







↑このことが原因で私は未だに人が大嫌いです。









最初にいじめに出くわした時、誰にも言うことができませんでした。

誰かに言う代わりに私は仮病を使って学校を休むようになりました。

両親が・・・とくに母親が私をよく観察する人で、すぐにいじめられていたことを

察知して、学校に殴りこみに行きました。










それでもいじめはなくならず・・・










すると両親は今まで参加してなかった学校のイベントに参加するようにして

別の方法で私がいじめられないようにしてくれました。











とくに父親が(笑)









エクレーションでバレーをすることになり

母親が出れない代わりに父親が参加。

ほとんどママさん状態で父はバレーの試合に参加し

チームを勝利に導いてしまいました(笑)










↑こうなると周りの注目独り占め(笑)









すると誰の親だって話になりますよね。












あれ、私の父










って言った瞬間からいじめがなくなりました(笑)











なんの仕事してるの?









って聞かれ・・・










え?拳銃とか戦車とかに乗ってる仕事してるの











父親の顔が怖いせいか

私の言い方が怖かったせいか

私の親のことを知るといじめっこたちは私と仲良くするようになりました。











小学校5年生までは平和だったのですが

↑この頃になると、私はまたいじめにあうのです。

原因は私が知能障害の子と仲良くしたからでした。

知能障害の子(女の子)は周りと違うからという理由で生徒や先生からいじめられてました。

私は障害があっても同じ人間だということを小さい頃から教えられてきたので

放置しておくことができず、自分の小さい正義をふりまわして

その子を守ろうとしたのですが、逆にいじめられてしまいました。










その頃、クラスでは各自、新聞を作って発表するっていうことが行われてました。

私は言葉を使って( ´ロ`)なにか?を表現するのが大好きな子だったので

月に新聞を5枚くらいは書いてたと思います。

それをある日、女の子グループに目の前でぐちゃぐちゃにされ、投げて遊ばれました。








悔しかった私は両親に通報。








また殴りこみ行っちゃいましたよ











だってこうでもしないと駄目だったんです。

その当時の先生は特定の生徒をいじめる人で

私から相談しても聞こうともしない最低な先生。

クラスを総括する先生が駄目だと、生徒も何が悪くて何がいいか判断つかなくなります。

私以外にもいじめのターゲットになってた人は複数いました。

だから我慢できなくなって自分がだめなら大人の権力を借りようと思ったんです。












ハムラビ法典 \(^o^)/











この時、いじめてきた人のこともよ~く覚えてますよ。(笑)










次に私がいじめにあったのは中学校の時。

中学生のいつだったかは忘れちゃいましたが

いじめてきた人のことは勿論、よ~く覚えてますよ。(笑)










確かチビデブコンビだった(笑)

二人とも女の子?で頭がすごく悪くて

ちょっと不良っぽかった。

何かにつけて私を目の敵にしてたような・・・







このいじめは自分で戦い抜きましたよ。

あまり相手にならなかった。










その次は高校生の時。

クラス全体からいじめられてた気がします。

原因は私の体質でしょうか。

人よりもニキビが出やすいということで

よくクサイ、笑顔が気持ち悪いと言われてました。

この時ほどショックなことはなかったな・・・

あまりにもショックで学校に行くことが苦痛になり、学校に行くふりして

一週間くらいさぼったりしたっけ。

担任がかなりいい人ですぐに親と連絡をとったんで

すぐにばれちゃったんですけどね。










この時は久しぶりに親が殴りこみ行きましたよ。

そんでいじめてきた人を退学まで追い込んだのですが









退学にしたらこいつと同じレベルになるんだぞ

人ひとりの人生を狂わしてしまうかもしれない責務を

背負って生きていく覚悟があるのか









って父に言われ、私は退学を希望したのですが

父は相手に退学をさせない答えを出し解決。








いじめっこは何もしてこなくなったけど

卒業まで影でこそこそしてきたっけ。

人をいじめておきながら卒業後は保母さんになる専門学校に進学

したそうです。

その他のいじめてきた人たちも人を教育する職業になるべくそういう関係のところに進学。









↑なんか笑っちゃいますね。

いじめた人が教育の現場に立つかもしれないなんて。

立てたとしても人を教育する資格あるんでしょうか。











↑こういうことがあって私は人が大嫌いですが

 こういう体験があったからこそ、今の強い私が出来上がりました。

 私はこう思うことにしたんです。









自分を馬鹿にしてくるやつはレベルが低い

群れをなしてないと単体では何もできない奴だ











こう思うことで攻撃を撥ね退けることに成功。

いつか自分の体験を同じ境遇にあっている人たちに話して

希望・・・生きる糧にしてもらいたいと思ってます。













そのためにも大学で言葉について勉強して極めてから

カウンセラーになりたいなって思ってます。









って今日は書きすぎた(;´Д`A ```

ハード過ぎたのか、自分に合わない講義があったのか










風邪みたいなのをひいてしまいました(現在治療中)











たぶん、ハード過ぎたのが原因かと・・・

毎日朝4時に起床して帰宅が夜20時頃。

これじゃ~体壊すのも無理ない。











ついでに弟も風邪ひいたみたいです(現在治療中)











二人して高熱出したので母に強制的に病院へ連れていかれ、

インフルエンザになってるかどうかの検査までされちゃいました☆彡












結果は陰性










(*^^)//。・:*:・゜'★,。・:*:♪・゜'☆パチパチ












このクソ忙しい時期にインフルエンザになって休んでるわけにはいかない・・・














英語と中国語を専攻することになった今











課題が沢山てんこもりなんです・・・(;´Д`A ```

ただでさえ外国語が苦手な私なのに

休んだら課題がもっとてんこもりになること















間違えなし(´m`)クスクス












ただの風邪ごときなら、なおさら休んでいられない!!!











でもさ・・・インフルエンザの検査って意外と涙出ますね(笑)

鼻の奥に綿棒みたいなのをつっこまれてくすぐったいっていうか痛いっていうか

弟なんて終わった後、クシャミしてましたもん。(´m`)クスクス










とりあえず風邪ひいてたってことでブログ更新できませんでした。

だいぶ風邪と戦って良くなってきたので更新☆彡

今は元気なんでご心配なくです(゜゜)(。 。 )ペコッ










みなさん、季節の変わり目は風邪に要注意!

今日は優雅な午後でした♪

朝9時から中国語Ⅲ(中級~上級クラス)を受講して

その次は国際関係論を受講して睡魔に襲われ始め、

終わった後は昼食の鮭おにぎり二つを手にしながら

ウトウトして…








その後は図書館で面白い本がないか探した後、13時から教授の研究室の横にある

会議室で4年のゼミに参加☆彡

去年から研究し始めた異文化(中国文化)の研究のために、下級生に混じって

研究に参加することに。

今日は最初ということなのでオリエンテーションがあるって思ってたら

ゼミの生徒さんがジャスミン茶と韓国のりと飴を持ってきて

ゼミのほとんどの時間を雑談にしてました。










なんか優雅な午後って感じで素敵でした。

やっぱゼミ担当の教授が外国人だからでしょうか。

毎回こうならいいのにぃって思ってるんですが(;´Д`A ```








ゼミが終わった後は教授の研究室にお邪魔して

中国語検定について質問をしました♪

やっぱ人より多く大学にいるんだから

なんか力をつけなくちゃって思って。

専攻を変えたのだし。







とりあえず6月にある検定で準4級~3級に合格してみせます☆彡