一部トランプ肯定派界隈で言われている相互関税の元ネタを見てみた。
これは現在、経済諮問委員会の議長を務めるステファン・ミランによって去年の11月
に発表されたもののようだ。内容は41ページもあり読むのもかったるいが、ざっと目
を通してみた。
A User’s Guide to Restructuring the Global Trading System
もっとも上記を読んだ後、彼の下記声明を読んだらほぼ同じことを要約して言って
いたので、めんどくさい人は下記を読んで大筋を掴むのもいいかもしれない。
気になった点は
・貿易政策と安全保障政策を結びつけ、準備資産と安全保障の傘の提供を関連する
ものと見なし、それらの負担分担にまとめて取り組む。
・国際貿易政策は、準備金を提供することによって貿易パートナーに伝達される利
益の一部を取り戻し、この経済的負担の分担を防衛的負担の分担と結び付ける。
・第一に、友人、敵、そして中立的な貿易相手国間の区別がはるかに明確になる。
友人は安全保障と経済の傘の中にいるが、より多くの負担分担がある。
その負担分担の範囲に基づいて、友人はより有利な貿易または通貨条件を経験
する可能性がある。
・安全保障の傘の外にいる人々は、国際貿易や米国の消費者への容易なアクセスに
関する友好的な取り決めから外れることになる。彼らは、関税やその他の政策を
通じて、より積極的なコストを課せられる。
要はアメリカの安全保障の枠内で貿易したいなら、ショバ代(金だけでなく、アメ
リカが好む政策を飲むこと含む)払いなさいよという従来の姿勢をよりシステム的
に強化したいようだ。
この人は「本稿は政策提言ではない。現在の貿易不均衡を診断し、それに対処する
ために使用できる手段を上げ、それぞれについて利点、欠点を分析する」と冒頭で
書いているので、これがアメリカの貿易赤字、産業空洞化を解決する総合パッケー
ジではないと思うが、トランプ政権の政策を見ていると、これが総合パッケージの
ように政策が動いているように見える。
これをそのまま実行した所で、うまく行かないことはあちこちで言われているし、
自分もうまく行かないだろうと予想する。
そもそも産業とか産業基盤とは何だろうか?
単に最終製品を生産する企業や最終組立て工場があることではない。
例えばiPhoneで言えば、必要な部品を製造する工場はすべて中国や日本などアジア
にある。仮にアメリカでiPhoneを製造する場合、これらの工場がアメリカに存在し
ないため、いずれにせよこれらの部品をアジアから購入せざるを得ない。
強調したいのは、単にトランプ政権がTSMCやサムソンなど名だたる企業をアメリ
カに移転させたとしても、そこに部品や材料を供給する企業、工場、それを支える
流通、エネルギーインフラがないと、結局関税がいくらであろうと、現地で製造で
きないため輸入せざるを得ない。
しかもこれらの部品にも関税が掛かるので、最終的にはアメリカで作るより関税を
掛けた輸入iPhoneの方が安いと言うことになるだろう。
他にも、産業のベース資材を作るノウハウが今のアメリカにあるのかという疑問も
ある。
特に工作機械や金型のエンジニアなどは今のアメリカにはほとんど居ない。
これらを使って事業をしているアメリカの会社は、金型が壊れれば、新しいものを
中国から買うか、修理に出すしかない。
関税を掛ければ、勝手にエンジニアが増えて、アメリカ製品が製造できるようにな
ると考えるのはアホとしか言いようない。
また、現在のアメリカ人の労働に対する資質や、教育についても疑問がある。
トランプ以前まではアメリカは製造業は低付加価値産業と見なされて、その代わり
ITや金融、コンサルといった産業にシフトしてきた。
それに伴って教育やメディアにおける論調、世論もそういった産業で働くことが成
功者と見られる傾向があり、給与、報酬も圧倒的にそういった産業の方が高い。
それを今更泥臭い製造業で働けと言って、優秀な若者がわざわざ世間的にも報酬的
にも低い製造業に行くだろうか。優秀でない一般労働者にしても、基礎教養や態度
の面で、製造ラインで長時間地道に働くことが可能な人材が製造業を復活させるほ
ど居るのかはだはだ疑問だ。
これらを解決するには教育において勤勉さと協調性を重視する文化を根付かせるしか
ない。それには数十年単位での時間が掛かるだろう。
これら多くの基本的な問題をまず解決すべきなのに、関税や為替といった金融的アプ
ローチで、経済改革、産業復興を成し遂げようとする非現実的なやり方は、ぺぺ・
エスコバルが言うように「自分の家の中から自分の家に火をつける」結果になるだろ
う。
