ボランティアは石巻へ。

前日には女川町や仙台空港の方へも、行かせていただきました。

想像以上の現場を目にし、言葉になりませんでした。


今日は、3月11日。

震災から1年です。

ボランティアで被災地を見てから、妻や子供たちにも、生の被災地を見せてあげたいと感じるようになりました。

早期の「心の復興」の為にも、インフラ関係の早期復興を望みます。



ここのところ、このブログでは「エホ研」「講演会」の話題ばかりです。

今日は、ちょっと話題をかえましょう。

明日で、東日本大震災から1年です。

ちょうど、昨年の3月11日、私は長女と一緒に神戸の病院に長女と行ってました。

午後からはずっと病院内にいたので、地震のことは知らず、帰途へ。

JR三ノ宮駅の、電光掲示板に「地震の影響で大幅にダイヤに遅れ・・・」のような、文字が出ていました。

その時は、まさかあのような惨事になっているとは考えるすべもなく、遅れてきた電車にのって実家の尼崎へ。

実家について母が開口一番「大変な地震が・・・」

私の視線は自然に、テレビに向けられました。

そのテレビで初めてその、地震のことを知りました。

不思議にも神戸の病院から尼崎まで、多少の電車の遅れはあったものの、普段の生活と何も変わらない風景でした。

一晩中、テレビを見いっていたのを覚えています。

実家の尼崎も、阪神大震災では大きな地震にあいました。

90を過ぎた祖母も、その時の様子は鮮明に今でも話してくれます。


7月には、石巻へのボランティア活動に行ってきました。

津波で流された写真の洗浄・整理のお手伝いでした。


次回へ続く。



人工内耳メーカーさんと、補聴器販売店の業界団体さんも、

「情報提供」という立場で講演会に参加するようになりました。

人工内耳メーカーさんは、わざわざ東京からいらっしゃいます。

1社は確定で、もう1社は返事待ちです。

私の新聞記事に、人工内耳のことが大きく取り上げられた為、

メーカーさんにお声をかけていただきました。

なんだか、かなり大がかりな行事になってきました。

一応、民間業者が参加するとのことで、

後援をいただいている、島根県教育委員会、

松江市、安来市教育委員会にも事前に承諾は

もらっておきました。

「売り込みがなければOKですよ」との、こと。

「情報提供」という立場で、参加してもらいます。