とても難しいことに

挑戦しようとしていることを

感じていました。


本当は、私も同席して

クラスの子どもたちの反応をみて

息子にそのままを伝えたい

そう思ったのですが、

さすがにそれは難しくて。

気持ちを静かに待っていました。


時間になって、学校に迎えに行くと

ちょうど学級会を終えた先生方、

学年主任の先生と相談員の方が

息子のいる会議室に入るところでした。


とりあえず無事に終わったようでした。


クラスの子たちからは

知らなかった

そうだったんだ

私も分かる

もしかしたら、傷付くようなことを

言ってしまったかもしれない

そう言ってくれる子もいたそうです。


先生は、「とてもいい時間でしたよ

やって良かったですよ、お母さん」。

聞いていて私も嬉しく思いました。


さらに続けて、みんなで

息子のために、「おかえりなさいの会」を

したいという話が出たんだと。

息子に伝えてる先生は

とても嬉しそうでした。


おかえりなさいの会とは

息子の好きなことを皆でゲームしたり

なにか催したりして

息子を迎えたい、と。


子どもって、なんて素直なんだ

最近、というかすぐ反応してしまう

涙腺緩みまくりの私は

感極まって泣きそうでした。

息子はすぐそんな私に気付いて

肩を触ってくれたりして。


そうだよね。

私は気を取り直して

でもね、違うんですよ。

すごく気持ちは嬉しいんだけど

それって、息子が教室に行こうか迷ってる

場合の話であって


息子がどうして行けなくなったのか

友だちとのやりとりに自信がなくなった

話してみてもしっくりいかないと

距離を置かれてしまう

授業にも置いてかれてる気がする


そういった息子のやるせない

本当の気持ちが置いてきぼりになっていて


例えば、他のクラスにも

このことを話した方がいいか、と

意見を聞いたところ

2つに分かれたんですが


まだ少し様子を見た方がいい

と言ってくれる子もいれば


話した方がいい、という子もいて

その理由の1つが、

他のクラスの子から

自分達がいじめていたせいで

息子が休んでいるんじゃないか

そう誤解されていて

嫌な思いをしているんだ、と。


それを聞くまで、想像もしませんでしたが

そう聞くととてもリアリティがある

お話でした。

申し訳ない、とも思いましたが


クラスの誰からも話しかけられない

そう、悩んでいたのも事実なんです。

これは、いじめとはならないの?

息子はそれに近い感覚を覚えていた

んです。


その核心には触れられずに

教室においでよ、と

息子に決意と覚悟を迫られても

酷な話なんです


現に、この話を聞いてから

彼が言ったのは、

おいで、とか言うけど

おれのほんとの気持ちは全然

知らないくせに。

行けるわけがないよ。

そう言いました。



この学級会の中で、

私が気になったことが一つあります。

これは、今後に参考にしていただきたいんですが


傷付けたことがあるかもしれない

と、話してくれた子が出てきたのを

受けて(だと思うんですが)

担任の先生が、心当たりがある子に

挙手を求めたことです。


このような場合、大切なのは

どちらが悪いとか、

一方を決して責めるような形に

してはいけないということです。

本当に心当たりがある子は

挙げられない可能性があります。


価値観が違う、それぞれが違っているんだ

それが現実の社会なんだ。

では、違っていることを受け入れるには

どうすればいいのかを

教えるところが学校だと思います。


ですから、いじめが分かったとき

または、対立や衝突が起きた時に

早急に大人が間に入って

双方の言い分を聞いてあげる、

そして認識のズレを修正する

それぞれが客観的になれること

そして話し合えたら話をすること

とても大切なことです。


認識のズレなどのトラブルは

特別支援学級と通常の学級の子どもたちの

間にもありますが

特別支援学級の中でも起こり得る

人間関係の中での普通に起こることです。


通常学級に籍を置いて、

なんとなく居心地の悪い思いをしながら

学校生活を送っている

グレーゾーンの子ども達は

何故、上手くいかないんだろう

もしくは、自分さえ我慢すればいい。

などと考えてしまいがちです。


それでは、その子はずっと

マジョリティの中で我慢して

生きていかなければいけなくなります。

我慢できなくなるまで。

そして限界を超えた時、

ドロップアウトするしか

なくなってしまいます。


まだ大人の社会では、

これに対応できていません。

ですから、大人が関与できる

子どものうちに丁寧な対応をして

自律した人間に育てることが

求められています。


この問題についての解決は

もう少し時間がかかりそうです。


今日も、お付き合いくださって

ありがとうございます。


いい一日を。