マレーシア 
ラジャダト ノンティックの言葉






「世界史の中で、大東亜戦争くらい「正しい戦争」はなかった。
アジアから、欧米勢力を追い払う戦争のどこに間違いがあるというのか。
間違いがあるとするなら、日本人がこの理想を否定することである。」






昭和16年(1941年)12月8日、日本軍はマレー半島東側に上陸し、イギリスがアジア植民地支配の牙城として難攻不落の要塞を誇ったシンガポールへ向けて、マレー半島1000キロの縦断進撃を開始しました。

後にマレーシアの上院議員となったラジャー・ノンチック氏はこのとき16歳の少年で、ラジオ放送で日本軍上陸の報を聞きます。そしてノンチック少年は身の毛のよだつような興奮と緊張に立ちすくんでいましたが、急いで父ラジャー・イシャックの部屋に飛んでいきました。
 

「とうとう日本軍が来たね」


そうしている間にも、胸がジーンとしてきて、身体の震えが止まらなかったといいます。


 
「私たちは、マレー半島を進撃してゆく日本軍に歓呼の声をあげました。敗れて逃げてゆく英軍をみたときに、今まで感じたことの無い興奮を覚えました。しかも、マレーシアを占領した日本軍は、日本の植民地としないで、将来のそれぞれの国の独立と発展のために、それぞれの民族の国語を普及させ、青少年の教育をおこなってくれたのです」






 
「今の日本人にアジアへの心が失われつつあるのを残念に思っています。これからもアジアは、日本を兄貴分として共に協力しながら発展してゆかねばならないのです。ですから今の若い日本人たちに、本当のアジアの歴史の事実を知ってもらいたいと思っているのです」







 かつて 日本人は 清らかで美しかった
 かつて 日本人は 親切で心豊かだった
 アジアの国の誰にでも 自分のことのように
 一生懸命つくしてくれた


 何千万人もの 人の中には
 少しは変な人もいたし 
 おこりんぼや 我が儘な人もいた 
 自分の考えを 押しつけて
 威張ってばかりいる人だって 
 いなかったわけじゃない

 でも、その頃の日本人は 
 そんな少しの嫌なことや 不愉快さを越えて
 大らかで 真面目で 希望に満ちて明るかった

 戦後の日本人は 自分達日本人のことを
 悪者だと思い込まされた 
 学校でも ジャーナリズムも
 そうだとしか教えなかったから 
 真面目に 自分達の父祖や先輩は
 悪いことばかりした 残酷無情な
 ひどい人達だったと 思っているようだ

 だから アジアの国に行ったら ひたすら ペコペコ謝って
 私達はそんなことはしませんと 言えばよいと思っている

 そのくせ 経済力がついてきて 技術が向上してくると
 自分の国や 自分までが 偉いと思うようになってきて
 うわべや 口先だけでは 済まなかった 悪かったと言いながら 
 独りよがりの 自分本位の 偉そうな態度をする
 そんな 今の日本人が 心配だ


 本当に どうなっちまったんだろう
 日本人は そんなはずじゃなかったのに
 本当の日本人を 知っている 私達には
 今はいつも 歯がゆくて 悔しい思いがする

 自分のことや 自分の会社の利益ばかりを考えて
 こせこせと 身勝手な行動ばかりしている
 ヒョロヒョロの日本人は これが本当の日本人なのだろうか

 自分達だけでは 集まって
 自分達だけの 楽しみや 贅沢に耽りながら
 自分がお世話になって住んでいる
 自分の会社が仕事をしている
 その国と 国民のことを 蔑んだ眼でみたり バカにしたりする

 こんな人達と 本当に仲良くしてゆけるだろうか
 どうして どうして日本人は こんなになってしまったんだ





 1989年4月 クアラルンプールにて