本日もご訪問頂きまして、ありがとうございます。

このブログが少しでも皆様の喜びの種になればと思います。

 

本当に長い間、ほったらかしにしてすみませんでした。

またボチボチ記事を投稿していきたいと思っています。



※写真は住み込んでいる教会の門松です!

ちなみに竹の切り出しから手作りでやってます!

(僕は竹洗いのお手伝い程度しかしておりませんが。。。)




 

タイトルの「”愚痴”は言うけど、”文句”は言わない」は、僕の2021年の目標の一つです。

元々、僕は愚痴も文句も常人の何倍もあるややこしい人間です。ちょっとは減ったと思うのですが、まだまだ愚痴も文句も多いと自覚しています。

 

なので、2021年は、「言葉使い、言葉選び」を矯正していくと決めて、ここで宣言して、自分に強く言い聞かせたいと思います。

お付き合い頂けると嬉しいです。よろしくお願い致します。

 

 

まず「愚痴」と「文句」の違いですが、

物事を受容して、自分自身を変化させる意思が有るか、無いか

だと思っています。

 

簡潔に言うと

今後、自分自身が変わるつもりがあるか、ないか

の違いだと思っています。

 

愚痴は、

自分自身が変わること、成長すること、

または愚痴の対象を受け入れていくつもりがあることを前提として、

疑問、不安、怒り、ストレスなどのネガティブ感情を吐露することだと思っています。

 

それに対して、

文句は、

自分自身が変わらず、人や環境の変化を望み

または文句の対象が自分の思い通りに変わるべきということを前提として、

疑問、不安、怒り、ストレスなどのネガティブ感情を吐露することだと思っています。

 

 

本当は、愚痴も文句も言わずに、コツコツと”実行”を積み重ねるのが一番カッコいいとは思っています。分かってるつもりなんですが、、、

 

でも、今の自分には無理なんです。。。中々出来ないんです。。。

あ~あ、ヤだなー!

 

 

ちなみにこれは、”愚痴”です。決して”文句”ではありません

愚痴も文句も言わずに、黙ってコツコツ実行を積み重ねる自分に成長することを前提に、言っております。。。

そういう事にして頂けないですかね?すみません、お願い致します。。。

 

 

だもんで、できることから始めようと思って、せめて”文句”を”愚痴”に変えていく努力から始めていこうと思い至りました。

 

というのも、”愚痴”って、実は人にとって、必要な場面が多々あるよねって思っています。

愚痴を吐くって、負の感情を吐露して、スッキリして、気持ちを前向きに切り替えることで、これは日常でとても重要なことで、絶対に必要なことだと思います。

愚痴を吐く、つまり負の感情や心に抱えた毒素みたいものを自分の外に出す(アウトプットする)ことは、精神衛生上、絶対に必要なことだと思っています。

 

 

そこについて、

『言葉は、「心根」という「心の根っこ(本心)」から養分を吸って、創られる「言の葉」である』という

天理教同慶分教会初代会長 清水 豊吉先生のお話で喩えてみたいと思います。

 

このお話は、人が感情を抱き、周囲に発する過程や物事の受け止め方など通して、人が成長していく事を「木の成長」に例えて下さったお話で、

 

葉=言葉やコミュニケーション

根=本心(出来事を感情に創り替える能力?)

木(幹・枝)=性格・人格

養分=感情

土=環境や日常の出来事

 

だと理解しています。

 

 

これらの要素が循環していくことで「人は成長する」のだと思います。

どういうことかと言うと…

 

①日常の出来事(土)を「心」(根)で、受け止めて、そこから感情(養分)を創り出す

②その感情(養分)の積み重ねが「性格・人格」(木)を形成していく

③その「性格・人格」(木)が周囲とコミュニケーション図ることで(葉を土に落とす)、新しい日常の出来事(土)を創り出して…

 

という循環で人は成長していくのだと思います。

 

 

その中で、イライラする出来事や悲しい出来事、理不尽な出来事は

どうしても発生してきます。

 

その時に、

負の感情を抱いてしまうのは仕方のないことだと思うのですが、

これを外に出さず、限界まで溜め込んでしまうと

「根っこ」の部分が先に腐ってしまうと思うんです。

 

「根っこ」は、本心=出来事を感情に変換する能力、もしくは、出来事から感情を創り出す能力であるとすれば、

 

どんないい土に「木」を植えても「腐った根っこ」からは、良くない養分(感情)が創り出されて、木(性格・人格)自体も病気に罹ってしまうと思うのです。

 

そうなる前に、毒素(負の感情)を外に吐き出して、リフレッシュすることは、絶対に必要だと思います。

 

ただここで、大切になる事は、

①愚痴を吐いた後に自分が変わっていく気持ちがある事

②愚痴の吐く”タイミング”、”場所”、”聴いてもらう相手の気持ち”を考える事

の2つは、必要不可欠になってくるんじゃないかなぁ~と思っています。

 

 

この2つを”木”の話に例えると…

①どんな土から吸い上げた養分(出来事)でも、

いい養分(感情)へと創り替えられる「根っこ」(本心)を作っていくこと

=モノの観方、受取り方を少しづつポジティブに変えていくこと

 

②毒素のある葉を”どこ”に落とすか考える

=愚痴を吐く、場所、タイミング、相手への影響に配慮すること

 

愚痴を吐く際、この2つは絶対に必要になってくると思います。

この2つのポイントがないと

”愚痴”ではなく”文句”になってしまうのだと思います。

ここは本当に難しいと感じているので、しっかりと意識して、改善していきたいと思います!!

 

そして、2021年は、

”文句”を”愚痴”に変えて、ゆくゆくは”愚痴”を”笑い話”に変えて、

”文句”と”愚痴”の数を減らし、”笑い話”の数を増やして、

みんなを楽しませる、喜ばせる”言の葉”を増やして、

自分も周りの人達と楽しんで成長できる”土”(環境)作りを

楽しんでやっていきたいです!!

 

2021年は、そんな自分のネガティブをポジティブに変換していく過程を

「自分も楽しんで」「みんなと愉しんで」笑える回数を2020年より増やしていきます!!

 

最後まで拙い文章にお付き合い頂き、ありがとうございます。

また本年、皆様には大変お世話になりました。本当に本当にありがとうございます。

 

皆様にとって、2021年が喜び多い1年となりますよう、心を込めて、祈っております。どうぞ、2021年もお互いに喜び多い年となりますよう、よろしくお願い致します。

 

本当に2020年は、ありがとうございました!!