明けましておめでとうございます!!本年もよろしくお願いいたします!!
本日もご訪問いただき、誠にありがとうございます!!
このブログが読んで下さった方の喜びの種になれば、幸いです!!
現在、私自身が考えている「かしもの・かりもの」について路傍講演風にして簡潔にまとめてみたつもりです。
もしよろしければ駄文にお付き合いいただけると嬉しいです。
またご指摘いただけると更に嬉しいです。何卒、よろしくお願いします!!
私たちが信仰している天理教の神様のお名前は、「天理王命(てんりおうのみこと)様」と申し上げます。
何もない所から、この世界と人間をお造り下された「世界」と「人間」の「産みの親」であり、
今尚、その見えないお働きを以って、「世界」と「人間」をお育て下さっている「育ての親」である神様です。
そのことから、天理教の人間は、この神様を「親神様」と申し上げております。
親神様がなぜ人間と世界を創造したかというと。。。
「人間の陽気ぐらしを見て、神も人間と共に楽しみたい」と思われたからだと聞かせていただきます。
また「陽気ぐらしの世界」に向かって、今尚、見えないお働きでお導き下さっていると聞かせていただきます。
その事から、人間と世界が存在する理由・人間生活の目標は、
「陽気ぐらしの実現」と教えていただいています。
「陽気ぐらし」とは、
「世界中の人々が、互いに認め合い、たすけ合う中で、
日常の出来事を、感謝や喜びに変換し、喜びづくめの生活を送ること」
だと私は考えております。
この「陽気ぐらし実現」の上に、欠かせない大切な教えが「かしもの・かりもの」でございます。
「かしもの・かりもの」とは、
『人間の身体は、神様から借りているもので、
その身体を通して経験する人生の出来事も
生まれてから今日までの環境も
また家族・友人などの人間関係も含めて
すべては神様から借りているもので、
「心」だけは、唯一、自分の物として使う事が許されている』
という教えだと私は考えております。
身体が神様から借りている物だという証拠に、
私達の身体には、自分の意思でコントロールできる所とコントロールできない所があります。
例えば、
手足や目・鼻・口などは、自分の意思で思い通りに使うことができますが、
心臓や内臓などのいわゆる自律神経が司っている所は、自分の意思でコントロールすることはできません。
しかし、これらの自分の意思でコントロールできない所こそ、生命維持に欠かせない役割を担っています。
自分の意思でコントロールできない身体の一部が人間の意思とは関係なく活動していることこそ、
『神様の見えないお働き(親神様の御守護)』によって成せることだと教えていただきます。
また、手足や目、鼻、口などの自分の意思でコントロールできる部分が
自分の思い通りに使えるように、
準備、点検、整備して下さっているのも『神様の見えないお働き(親神様の御守護)』によるものだと教えて頂きます。
このように神様の見えないお働きによって、人間は生かされています。
では、神様は何を基準にして、一人ひとりの身体に『神様の見えないお働き(親神様の御守護)』を与えて下さり、
また人生の経験や人間関係などの目に見えない縁を貸し与えて下さっているのでしょうか?
それは、一人ひとりの「心遣い」だと教えていただきます。
一人ひとりの日常の「心遣い」に応じて、
最適な「身体」や人生の経験、人間関係を貸し与えて下さっていると教えて頂きます。
「心遣い」とは、
日常生活の「思うこと(思考と感情)」「言うこと(言動)」「行い(行動)」の積み重ねであると考えています。
つまり、
人が喜ぶような事を思い、人が喜ぶような事を言い、人が喜ぶような事を行えば、
自分にも喜べるような出来事が起こってくる。
逆に人が悲しむような事を思い、人が悲しむようなことを言い、人が悲しむような事を行えば、
自分にも悲しまなくてはいけないような出来事が起こってくるということです。
この事を、「成ってくるのが天の理」と教えて頂きます。
自分の人生や将来を形作っているのは、日常の「心遣い」なんだと教えて頂きます。
仏法で言うところの「因果応報」に似ていますが、
「成ってくるのが天の理」と「因果応報」では、一つ異なる点があります。
「因果応報」は、自分の心遣いが原因となり、結果として日常の出来事が起こってくるという
全くの自己責任で完結しておりますが、
「成ってくるのが天の理」には、起こってくる出来事に、
親神様の「親心」が込められていると教えて頂きます。
その親心とは、
「この出来事を通して、陽気ぐらしに一歩近づいてほしい」との思いで、
日常の出来事一つひとつには、この親心が込められていると教えて頂きます。
つまり、日常に起こってくる悲しい出来事も
理不尽な出来事も
怒りを覚えてしまうような出来事も
神様からの「罪」や「罰」ではなく、
「早く陽気ぐらしをしてほしい」という子供である人間に対する親の願いの現れである。
と私は解釈しております。
これらの神様からの願いを踏まえて、
日常の出来事一つひとつに『陽気ぐらしの意味合い』を探していくこと。
『感謝の心・慎みの心・たすけあいの心』を身に付ける努力とすること。
感謝と尊敬の「思うこと(思考と感情)」「言うこと(言動)」「行い(行動)」を積み重ねていくことで、
少しずつ「陽気ぐらし」に向かって、心は成長していくと教えて頂きます。
1日24時間、秒に直すと86400秒のすべてを『感謝の心・慎みの心・たすけあいの心』を
積み重ねることは、とてもとても難しいことですが、
このうち1秒でも多く、『感謝の心・慎みの心・たすけあいの心』に変えて、
1秒でも多く「喜び」を積み重ねることができれば、
少しずつ少しずつ心が成長して、
人生や日常に少しずつ「陽気ぐらし」与えて頂く機会が増えていくのではないかと思います。
私自身、天理教の教えを聞いてはいるのですが、この様な「心遣い」が出来ているかと聞かれると
まだまだ足りない所だらけです。
だからこそ、皆様と一緒に『陽気ぐらしの心遣い』を増やしていく勉強をしていきたいと思っています。
この話が皆様の明日・明後日の喜びに繋がると本当に幸せです。
本日も最後まで拙い文章にお付き合い頂き、誠にありがとうございます。
皆様にとって、明日が喜び多い日となりますよう、祈っております。
本日も誠にありがとうございました。
