こんにちわ!こんばんわ!
本日もご訪問いただきまして、ありがとうございます!!
このブログが皆様の喜びの種になれば、幸いです!
とある天理教のパンフレットの中にこのような文章がありました。。。
いい心とは、どんな心でしょう?
それは、人の利益や喜びを願う心です。
よくない心とは、どんな心でしょう。
それは、自分の利益や喜びばかり願う心です。
いい心を遣ったり、よくない心を遣ったり、
長い間の心遣いが魂に刻まれて、私たちの運命を
かたちづくっているといってもいいでしょう。
以上の文章なのですが、
ちょっと些細な引っ掛かりがあります。。。
「いい心とは、人の利益や喜びを願う心」とあるのですが、
自分は、人の利益や喜びを願う心の源は、
「自分の幸せや喜びの実感」だと思うのです。
つまり、「自分の利益や喜びの体験や実感」だと思います。
卵が先か鶏が先かって結論のない議論になる事は承知しています。
でも、僕は「自分の幸せや喜びの実感」と得て、
「今の自分はありがたいなー」って「感謝の情」が生まれて、
「足りてる時はお陰様。足らない時はお互い様」に基づいて、
「自分だけじゃなく、人にも何か出来ないだろうか?」って、「報恩の感情」を経由して
「人の利益や喜びを願う心」という「利他的な感情」に至るのだと思います。
パンフレットの文章が間違っているとは思いません。
でも、「いい心遣い」をもうちょっと突っ込んで分解するとしたら、
・自分の”今”に幸せや喜びを見つける努力する心
・自分の”今”を感謝に変換できる心
・感謝から「足りてる時はお陰様。足らない時はお互い様」を創り出す心
・報恩から「人の利益や喜びを願う」利他的な心
この4つになると思います。
この4つの心を再確認しながら、祈りの時間を過ごしたいなって思います。
僕自身、今現在、「いい心遣い」を実践できておりません。
でもでも、気付きをお与え頂きましたので、
とりあえず今日・明日・明後日は必ず実践して「みたいと思います。
とても偉そうなことを言ってしまい、申し訳ございません。。。
本日も拙い文章に最後まで、お付き合い頂き、ありがとうございます。
皆様の明日・明後日が喜び多い日となりますよう、祈っております。