R.I.P.1981-2012
Pay money To my Pain
Vocal.K
正直まだ心の整理が出来ていません。
このニュースを見たときには何かの間違いだと思いました。
K
それは最高のヴォーカルでした。
この「最高」という言葉は生易しいものではありません。
しかし、そんな言葉が簡単に似合ってしまうのがKでした。
Kの歌詞には魂がこもっていました。生々しい、時には世論から反感を買うような内容もありました。
しかし、その言葉すべてに含蓄があり、心に重く圧し掛かりました。
Kの歌詞には何回も背中を押されました。
Kは最終的には自分との戦いで精神を病んでしまいました。
しかし、自分なりの答えというものを探し出すのに必死だったんでしょう。
Kは少し前のブログで、このように言っていました。
「自分を変えたいなら変えたいと強く思っている時は決して変わらない。
どんなにシュミレーションを重ねて戦うイメージを作り上げても何も変わりはしない。
無意識の中にこそ答えがある。自由を自ら奪う事と他人に奪われるのでは訳が違う。
自分でもどうしようもない所に答えはある。そこにしか本当の答えはない。
また答えを知ってもそれを現実にする作業が待っている。
自分を変えるというのはそう言う事。
中途半端では何も手に入らない。手に入ったと自分をごまかし生きているだけ。
それが悪いとも思わない。
けど俺は気付いてしまった。
不器用な馬鹿野郎の生き方は決して変わらない事、
なぜなら本当はその生き方を変えたいと自分が思っていない事に。
無意識の中に答えはある」
Kが死んだことにより、俺自身の色々な価値観が変わりました。
バンドとして
ヴォーカルとして
同じアンダーグラウンドの音楽の者として
今生きているものとして
俺にはまだこんなに時間が残されているのに
その時間を惜しむことなく垂れ流している。
俺の人生は常に逃げていた。
何事も理由をつけて。
それが卑怯だとは思っていなかった。ただただ利口な生き方だとはき違えていた。
現実はなんも豊かじゃなかった。
表面的な快楽で自分を撒いていただけで、その薄皮を剥がせばそこには現実に目を背けるために目隠ししている自分がいた。
こんなんなのに俺は今をのうのうと生きている。
本当に人間は変わるのは難しい。
Kはたまらなく生きたかったのかもしれない。
ヴォーカリストとしてもっと表現し続けたかったのかもしれない。
なのにKはもう時間を紡ぐ事は出来ない。
しかし俺達にはまだ出来る。
くそったれだと思う事もたくさんある。
生きていれば。
全てを放り投げたくなることもある。
生きていれば。
でも時間がかかったって間違いや考え方は修正出来る。
生きてさえいれば。
people live their life
for what they believe
even if we have some reason to let it slide
sometimes life is not fair
I know that brings you down
why don't we live this life more simple just like you said
It's not the end
not even the beginning yeah
Kの死は俺たちへの合図だ。
変わろうと思うんじゃない。
変わらなきゃいけないんだ。
Our SUPER VOCALIST, K
Love ya.
