さきほど東京での最後の勤務を終えて帰宅しました。
家の中はもう段ボール箱だらけで
えらいことになっております(笑)
さて、東京での生活は6年間にわたったわけですが
初めのころは、学生時代にあれだけ毛嫌いしていた東京で
果たして自分たち「純粋関西人」の家族が
暮らしていけるのかと思いましたが
いざ東京を離れる段になりますと
一抹の寂しさを感じる私がいるのですから
不思議なものであります。
いまこうして記事を書きながら
東京での6年間を振り返ってみますと
悲しいことや腹の立ったこと辛かったこともありました。
精神的にしんどくなったのも東京ででした。
しかし東京で出会った心療内科の先生のおかげで
ほぼ復活を遂げることができました。
そして、楽しかったこと嬉しかったこともたくさん。
2人目の息子は東京で生まれましたし
タイガースの試合も
もしかしたら関西に住んでいる時以上に参戦したかもしれません。
首都圏の名所と呼ばれる場所はあらかた家族そろって出かけました。
そして何よりもたくさんの「出会い」や「再会」を果たせたこと。
そしてそうした出会いや再会が私の心の支えになったこと。
それだけに、首都圏に住むみなさんお一人お一人に
顔をあわせてお礼を申し上げたかったのですが
それがなかなかかなわないままになってしまったのが
ちょっと心残りであります。
わたしはあすの新幹線で家族よりも一足早く東京を離れ
しばらくは京都でのホテル暮らし。
そして来月の初めには
大阪府内に建てた念願のマイホームへと引越すことになります。
でも、これが人生最後の東京ではありません。
出張や旅行、それに遠征???など何かの機会で来るでしょうし
もしかしたら数年後にはふたたび
東京で「単身赴任」することがあるかもしれませんしね(笑)
最後になりましたが
東京でお世話になった皆さんに改めて感謝申し上げます。
ほんとうにありがとうございました!
これからも引き続きよろしくお願いします。
もちろん、関西にお住まいの皆さんも引き続きごひいきのほどを。
落ち着いたらぜひお会いしましょう。
家の中はもう段ボール箱だらけで
えらいことになっております(笑)
さて、東京での生活は6年間にわたったわけですが
初めのころは、学生時代にあれだけ毛嫌いしていた東京で
果たして自分たち「純粋関西人」の家族が
暮らしていけるのかと思いましたが
いざ東京を離れる段になりますと
一抹の寂しさを感じる私がいるのですから
不思議なものであります。
いまこうして記事を書きながら
東京での6年間を振り返ってみますと
悲しいことや腹の立ったこと辛かったこともありました。
精神的にしんどくなったのも東京ででした。
しかし東京で出会った心療内科の先生のおかげで
ほぼ復活を遂げることができました。
そして、楽しかったこと嬉しかったこともたくさん。
2人目の息子は東京で生まれましたし
タイガースの試合も
もしかしたら関西に住んでいる時以上に参戦したかもしれません。
首都圏の名所と呼ばれる場所はあらかた家族そろって出かけました。
そして何よりもたくさんの「出会い」や「再会」を果たせたこと。
そしてそうした出会いや再会が私の心の支えになったこと。
それだけに、首都圏に住むみなさんお一人お一人に
顔をあわせてお礼を申し上げたかったのですが
それがなかなかかなわないままになってしまったのが
ちょっと心残りであります。
わたしはあすの新幹線で家族よりも一足早く東京を離れ
しばらくは京都でのホテル暮らし。
そして来月の初めには
大阪府内に建てた念願のマイホームへと引越すことになります。
でも、これが人生最後の東京ではありません。
出張や旅行、それに遠征???など何かの機会で来るでしょうし
もしかしたら数年後にはふたたび
東京で「単身赴任」することがあるかもしれませんしね(笑)
最後になりましたが
東京でお世話になった皆さんに改めて感謝申し上げます。
ほんとうにありがとうございました!
これからも引き続きよろしくお願いします。
もちろん、関西にお住まいの皆さんも引き続きごひいきのほどを。
落ち着いたらぜひお会いしましょう。