なんだかんだ、忙しくて、ブログもご無沙汰。
っていうか、時間がないとか言い訳してサボってたかな?
時間とお金は自分で作り出すもの、解っちゃいるけどいろんなことが後回しになってる。
前夜の夜勤は朝8時までだけど、ラインが早く終わったので3時半で上がり、ツレが仕事終わるのを車で待つ、二人で一台の車をシェアしてるので結構不便、私が車を買えばいいのだけれど。
ローンは組めないし、一括で買うことはできない。
夜勤専属の工場だからそこそこの給料はもらってるけど、最近、心身共にお疲れ気味。
あー、あたしこんな事がしたかったのかなぁ〜?
やってみたい仕事はあっても、チャレンジできない、あたし自身が踏み出せないのと、ツレの「無理だよ」の呪文。
高校受験の時の父親とのやりとりがフラッシュバック、あの時、行きたい高校は県外の全寮制の高校。
親の承諾書に署名して欲しいとお願いした。
父親は「お前なんかにそんなところ行けるわけがないだろう!」そう言ってあたしの目の前で承諾書の用紙を破り捨てた。
あの時から私の人生が変わっていった。
父親はあたしが幼い頃には会社経営をしていて、姉、あたしは住み込みの家政婦さんがいるお屋敷で育った。
しかし、右腕と信じた専務に騙され、会社は乗っ取られ、屋敷は抵当に入ってた為、夜逃げ同然で引っ越し、S県から流れ流れて信州へ流れ着き。
挫折に耐えられなかった父親は全くのダメ人間になってしまった。
家にいる時は朝から晩まで呑んだくれて、外に出たかと思えば3日も4日も帰ってこない。
母親が朝から晩まで働いてた。
姉はお嬢様気質が抜けなくて、一人では何もできず、あたしが朝から彼女の着るものを選ぶから始まり、7歳にして台所まで預かることになり、小学校の帰りは途中で弟の保育園にお迎えに行って、手を繋いで帰り、ちょっとしたおやつをあげて、冷蔵庫に貼った紙を見ながら夕食のメニューを決めて、準備、姉は帰りに友達の家に遊びに寄ってから帰宅。
料理が嫌いな姉は、帰ると「お腹すいてるんだけど!」と文句を言う。
弟がまだ夜泣きをするから、泣いたら起きて、絵本を読んで、背中をトントンしながら寝かしつけ。
こんな毎日が小学校卒業まで続き。
中学校に入学すると、新聞配達のバイトを始めた。
給料はほぼ全額を家計に入れて、母には夜の仕事は辞めてもらった。
幼い弟がかわいそうだから。
しかし、母は夜は仕事に行かなくなってから酒を呑んでは父親と大ゲンカ毎日、酔っ払いの酷い夫婦喧嘩から弟たちを守るのもあたしの役目になった。
夜中に酒やタバコを買いに行かされたり。
本当に酷い子供時代を過ごし、あたしは弟たちには悪いが、早く家を出たかった。
中学校を休みがちだったあたしに進路指導の先生は内申点が影響しない県外の全寮制の高校を勧めてきた、学力だけは良かったあたしはチャンスだと思った。
しかし、父親からしたら唯一の稼ぎ頭のあたしを逃がさないために承諾書を破り捨てた。
小中学校では虐めに遭っていた、初めは転校生だから生意気と、それから付き合いが悪いとか、成績が良かったからとか…。
あたしは当時から、ちょっと冷めた子供だったから、虐めを受けても我が道を行く性格だったので、苦にするわけでもなく、いじめっ子達を、こんなことしか出来ないなんて暇なんだな、かわいそうな人達なんだと思っていた。
群れる事が嫌いだった。
それはずっと変わらない。
あー、なんか昔話になってしまった。
今の仕事の話よ〜。
転職したいけど良い仕事が見つからない、やりたくてもできないって状況、次男が高校生になったからやはりちゃんと稼げる仕事がしたいので、悩みどころ。
しばらくは我慢なのかな?
でも、何もしないで歳ばかりとるのは嫌なわけで。
思い立ったが吉日、って言葉もあるよね。
行動しなきゃ始まらない。
っていうか、時間がないとか言い訳してサボってたかな?
時間とお金は自分で作り出すもの、解っちゃいるけどいろんなことが後回しになってる。
前夜の夜勤は朝8時までだけど、ラインが早く終わったので3時半で上がり、ツレが仕事終わるのを車で待つ、二人で一台の車をシェアしてるので結構不便、私が車を買えばいいのだけれど。
ローンは組めないし、一括で買うことはできない。
夜勤専属の工場だからそこそこの給料はもらってるけど、最近、心身共にお疲れ気味。
あー、あたしこんな事がしたかったのかなぁ〜?
やってみたい仕事はあっても、チャレンジできない、あたし自身が踏み出せないのと、ツレの「無理だよ」の呪文。
高校受験の時の父親とのやりとりがフラッシュバック、あの時、行きたい高校は県外の全寮制の高校。
親の承諾書に署名して欲しいとお願いした。
父親は「お前なんかにそんなところ行けるわけがないだろう!」そう言ってあたしの目の前で承諾書の用紙を破り捨てた。
あの時から私の人生が変わっていった。
父親はあたしが幼い頃には会社経営をしていて、姉、あたしは住み込みの家政婦さんがいるお屋敷で育った。
しかし、右腕と信じた専務に騙され、会社は乗っ取られ、屋敷は抵当に入ってた為、夜逃げ同然で引っ越し、S県から流れ流れて信州へ流れ着き。
挫折に耐えられなかった父親は全くのダメ人間になってしまった。
家にいる時は朝から晩まで呑んだくれて、外に出たかと思えば3日も4日も帰ってこない。
母親が朝から晩まで働いてた。
姉はお嬢様気質が抜けなくて、一人では何もできず、あたしが朝から彼女の着るものを選ぶから始まり、7歳にして台所まで預かることになり、小学校の帰りは途中で弟の保育園にお迎えに行って、手を繋いで帰り、ちょっとしたおやつをあげて、冷蔵庫に貼った紙を見ながら夕食のメニューを決めて、準備、姉は帰りに友達の家に遊びに寄ってから帰宅。
料理が嫌いな姉は、帰ると「お腹すいてるんだけど!」と文句を言う。
弟がまだ夜泣きをするから、泣いたら起きて、絵本を読んで、背中をトントンしながら寝かしつけ。
こんな毎日が小学校卒業まで続き。
中学校に入学すると、新聞配達のバイトを始めた。
給料はほぼ全額を家計に入れて、母には夜の仕事は辞めてもらった。
幼い弟がかわいそうだから。
しかし、母は夜は仕事に行かなくなってから酒を呑んでは父親と大ゲンカ毎日、酔っ払いの酷い夫婦喧嘩から弟たちを守るのもあたしの役目になった。
夜中に酒やタバコを買いに行かされたり。
本当に酷い子供時代を過ごし、あたしは弟たちには悪いが、早く家を出たかった。
中学校を休みがちだったあたしに進路指導の先生は内申点が影響しない県外の全寮制の高校を勧めてきた、学力だけは良かったあたしはチャンスだと思った。
しかし、父親からしたら唯一の稼ぎ頭のあたしを逃がさないために承諾書を破り捨てた。
小中学校では虐めに遭っていた、初めは転校生だから生意気と、それから付き合いが悪いとか、成績が良かったからとか…。
あたしは当時から、ちょっと冷めた子供だったから、虐めを受けても我が道を行く性格だったので、苦にするわけでもなく、いじめっ子達を、こんなことしか出来ないなんて暇なんだな、かわいそうな人達なんだと思っていた。
群れる事が嫌いだった。
それはずっと変わらない。
あー、なんか昔話になってしまった。
今の仕事の話よ〜。
転職したいけど良い仕事が見つからない、やりたくてもできないって状況、次男が高校生になったからやはりちゃんと稼げる仕事がしたいので、悩みどころ。
しばらくは我慢なのかな?
でも、何もしないで歳ばかりとるのは嫌なわけで。
思い立ったが吉日、って言葉もあるよね。
行動しなきゃ始まらない。