令和元年7月16日。
京都に住み始めて4ヶ月になる。
祇園祭の真っただ中。
パスポートを取りに行った帰り、とりあえず八坂神社でも行ってみるかと、京都駅から100系統のバスに乗った。
へー、そのまま行けば銀閣寺まで行けるんだ。
行き先を変更することに迷いはあったが、結局、八坂神社を通り過ぎ、平安神宮も通り過ぎて銀閣寺に向かった。
銀閣寺前でバスを降りると少し蒸し暑かった。歩き始めるとすぐにお店があり、アイスやジュースが売られていた。さっそく二つ目のお店で「抹茶ソフトひとつ」と注文した。食べながら歩いていると、哲学の道があった。それを横目で見つつ、まずは銀閣寺でしょと通りすぎる。まっすぐな坂道を登るうち、美味しそうなアイスキャンディやビールも売られていて、早々にソフトクリームを買ったことを後悔した。店先の風鈴がリーンリーンと音を立て、またも思わず買いそうになる。
五分から十分ほど歩いただろうか。坂の最終左手に銀閣寺境内図の看板があった。それをひと通り頭に入れようとしたが、失敗に終わる。
大文字の山が後ろにあるということのみを認識した。看板横の門を抜け高い生垣に挟まれた砂利道を歩くと、いよいよ銀閣寺にお目見えできるのか、500円を払いお札をもらった。
中に入ると、左手に建物があった。その建物の前の白い砂が、端正に平行な線に型どられていた。枯山水というものだろうか。とりあえず写真を撮った。
撮り終えて進もうとすると入り口がふたつあった。右側は混んでいる。左側から入ることに決め、敷居を注意深くまたぎ、顔をあげた。
目の前に白砂で固められた、私の背丈より高い大きな円錐台が現れた。向月台(こうげつだい)というらしい。子どもの時、砂場で作ったプリンを思い出したが、不謹慎な気がして、その考えは即座にかき消した。なんとかすごいものだと思おうとしている自分がいることに気づいた。
少しの間眺めてから右側に目をやり、黒い建物にあっと小さな声をあげた。
静かで存在感がある。
これが銀閣…
名残惜しかったが、別の角度からも見てみたくなり、その場を離れ順路をたどった。
閉め切られた本堂の前を通りすぎた場所は、絶景のポイントだった。
波紋を表現した銀沙羅、本当に波に見えてくる。波の向こうに向月台、富嶽三十六景みたいだ。本来、観音殿と呼ばれた黒い出で立ちの銀閣。この三つがなんとも調和している。
ここにきてさっきプリンと思ったことをお詫びした。
しばし満たされて、先に進むと池があった。周りは立派な苔と青々とした木々で、先ほどとは違い、川の上流にいるような心地でひっそりと銀閣を堪能した。
次に小さな石橋を渡ると、木の間から水が滝のように流れていた。人々はここでも魅了されるのか、小銭がたくさんなげこまれていた。
ここから坂を登り、竹林の先でお茶の井を見て、少し急な階段を登った。
そこは結構高い位置のようで、銀閣を左手に町並みと山々、そして空も一緒に見ることができた。
義政公もこうしてここからこのように景色を眺めていたのだろうか。
なんとも素晴らしかった。
ここからは下りでまた青々とした木々の中を歩き、出口へと進んだ。
帰りはまたまっすぐな坂道を歩いた。哲学の道を歩いてみようとしたけど、もう他のものを見る気になれず、次の機会にすることにした。
来た時に降りたバス停でバスを待った。バス停の銀閣という文字を眺めながら、小学校の修学旅行は銀閣寺であったことを思い出していた。先生が「金閣寺が改修中のため、銀閣寺になります」と言った時、金閣寺でないことにとてもショックを受けた。「なんで銀も貼られてないお寺見に行くんよ。面白いわけないやん」
向こうから京都駅行きのバスが来るのが見えた。「銀貼られてない方が良かったな」そう思いながら、停車したバスに乗り込んだ。


