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「お父さんは いつでも聞く準備出来てるぞ〜
さぁ、なんでも お父さんに話せ話せ〜」
いつでも well come 体勢の父
だぁれも 聞きたがらないような
仕事で溜まった モヤモヤ話を、
テーブルの角を挟んで 右斜めの父と
お茶を飲みながら🍵…が、いつものスタイル
父に話せば 結末はいつも同じ
そうかそうか
大変だったなぁ
そうかそうか…
と、穏やかに聞いているのも束の間。
そのうちに 父は怒り出すのです
そんなひどい話しがあるかー!! って
私の代わりに 私以上に。
キッチンから 母が慌てて飛んで来る
私が 笑い出す
それを見て 父が笑い出す
いや〜 お父さん興奮しちゃったよ
大事な娘のことになるとな〜〜
そうか?もういいのか?
せいせい(スッキリ)したか?
母はやれやれと キッチンに戻って行く…
父にとって、内容などは どうでも良くて
娘が困ったり 悲しかったりする気持ちを
ただただ わかろうとしてくれていたのだと
感じます
いつだって 私の味方でいてくれるんだな、
ありがたいな と、
とても心が 落ち着いたものです。
受け入れてもらえると、不思議と冷静に
自分を省みることができて、時には反省したり、
問題解決の糸口が見えたり、
小さなことは どうでも良くなって
笑い飛ばしてしまう
今は、どんなに話したいことがあっても、
聞いてくれる父は もういませんが、
心の中の父に話せば、冷静に進むべき道が
見えてくるのです
これを成長というのでしょうか…
今でも 時々 思い出す姿…
家を建て、アパートから引っ越す日
出発しようと思ったら 父がいなくて…
アパートの部屋に戻ってみると、
空っぽの部屋の真ん中で
父は ふかぶかと頭を下げていました
今日まで 娘と娘の家族が お世話になりました
ありがとうございました
「お父さ〜ん、早く〜!!」
あの日、どんな想いで お礼を言ってくれて
いたのか…
その時には 気付けなくても
ずっと後になって 気付くこともあるのだと、
今頃になって、ありがたさで一杯になります
ありがとう…
晩年の父はよく笑い穏やかでした
お父さん、若い時は教育しなくちゃと必死で…
あの時は怒ったりして悪かったなぁ、ごめんねぇ
と、バツが悪そうに よく謝っていました。
そう、子どもの頃は、とても厳格だった父。
(お父さんは怖いしうるさいって
思っていました)
でも、私がこの上なく好きだった時間は
幼い頃、毎晩のように布団の中で
わくわくするお話を聞かせてくれたこと
その時の父を思い出す時、
そこから たぐりよせられたように、
次々と 思い出が蘇ります
たくさん叱られたけど、
かなり厳しく躾けられたけど、
思い起こせば、そこにはいつも子を想う
一生懸命さと 愛情で溢れる父がいました
思い出をたぐり寄せた沢山の父の記憶の最後は、
やっぱりお話をしてくれた場面で締めくくられ
ます
傍らで優しく見守る 母の笑顔と一緒に…
8月23日は6度目の父の命日
私の選んだ道を
空の上から応援していてもらえると信じて、
この進むべき道へ導いてくれた父に
心いっぱい感謝し、想いを馳せた日でした
お付き合い下さいましてありがとうございました
感謝を込めて…
ことり