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価値基準


もの売りしていると、『これぐらいはOKでしょう』って事がNGな事がある。

良くも悪くも、日本固有の品質管理なんだとアタマでは分かるンだが、やっぱり面倒なんだよね。

海外では絶対に通じないンだな。
日本人でいる事が悲しくなる瞬間である。

東京の電車

都心から離れて行く電車は、ほんとゆったりして良いね。

『なんとか横丁』って感じで、業界の同じ分野を扱うお店が、まとまっていたりして、不思議とどこも繁盛していたりするが、東京も、機能やユニット毎に他県に譲って見たら?と思う。

首都機能は、もうほかに渡しても良いんじゃない?かなぁ。

この手の公共投資はアリだと思うが。

時空のゆがみ


明日は、何があるんだろう?


小さい頃、そんな事を考えていたことがあった。布団に入るのが怖くて、このまま明日が来ない、目が覚めることのない、暗黒だったらどうしよう、って。


でも、必ず明日の朝はやってくる。正確にはやってきた、と言うべきか。


今、ふと同じ事を考えてしまった。



明日って何のためにやってくるのだろう?何のために、明日の準備をして寝ないとダメなのだろう?どーして生きるつもりで就寝しないとダメなのだろう?


時が経つって事が、実はまだ分かっていないのかも知れない。


3次元的には、数学的に、直交座標、極座標などを使って、表すことによって、頭で理解できる事が可能となっているが、実は「時」って言うのは、同じ時間間隔で刻んでいる訳でもないはずなのに、勝手に等間隔で刻んでしまっている。


自殺をしたい人、やってしまった人、やろうとしたけど出来なかった人、等というのは、ある意味、この時空のゆがみを見ることが出来る人なのかも知れない。


たぶんだけど、生きる事に無意味さを感じたり、生きている意味を失ったり、生きている存在価値を完全に見失ってしまったり、そんな時に、「時」というのは、違った側面を見せるのかも知れない。


明日は今日と同じ事が続く、と考える事自体、実は馬鹿げているので

はないだろうか?昨日と今日は当然違う、違うからこそワクワクして、明日を楽しみに出来るのであろう。

それが、明日は今日と変わらない、と思ってしまった瞬間、実は、時間のゆがみという「落とし穴」にはまり、下手したら足をすくわれたり、するのかも。


ふと、自分が「時空のゆがみ」にはまっていることを感じてしまったのが分かった。