みなさん

 

こんにちは。

 

 

ちょっとずつ暑くなってきたけど、

 

パソコンの熱なのか、

 

蒸し暑くなってきたのか・・・

 

扇風機だけでは辛くなってきました(^^;

 

 

さて。

 

今回は私が考えていることがないようなので、

 

病気の事でも子供のことでもありません。

 

 

昨日からちょっと

 

 

『信じる』

 

 

ということについて考えています。

 

たいしたことではないのですが。

 

 

私はすごく二面性があって、

 

いろんな想いや考えに、

 

極端な裏表があります。

 

それがみんなそうなのか、

 

珍しいことなのかわかりませんが、

 

私は自分のことが時々自分でわからなくなります。

 

 

信じるということ。

 

 

私は、すごく疑い深いのですが、

 

すぐに人を信用して騙されます。

 

なぜか、簡単に人を信じてしまうのに、

 

心のどこかでは疑っているのです。

 

 

昨日、

 

 

「人は、言葉では嘘をつく。

 

でも、全て態度に出るから、

 

言葉は信用出来ない。

 

態度で示せばいい。」

 

 

と、言われました。

 

言葉をものすごく大切にする私にとって、

 

それは衝撃的な言葉でした。

 

 

そんな風に言われたら、

 

何を言われても、

 

何を信じれば良いのかがわからなくなりました。

 

 

そんな思いがなんとなく頭の中に残っていた今朝、

 

ふと思いました。

 

 

『息子が時々、

 

私に、『大好き』と言って抱きついてくるけど、

 

それは、

 

私のためにそう言ってるのではないか?』

 

 

なんだろう、そう思っちゃったんです。

 

そして、

 

 

『もうそろそろ中学生になるし、

 

よく考えたら母親がうっとうしくなってくる年頃だよなぁ。

 

母親と一緒に出かけるのなんか嫌だろうなぁ。

 

息子と出かけるよう、

 

誘うのやめようかなぁ。

 

軽く声かける程度にして、

 

強く誘うのやめよう。』

 

 

と、思いました。

 

 

息子の成長を信じることにしたんです。

 

 

誰かを信じる事って難しいです。

 

 

今までも、

 

人に嘘をつかれたこと、

 

裏切られたことは何度もありますが、

 

人を信じながら生きることは大切だとも思っています。

 

心のどこかで疑いを持つ度に、

 

罪悪感を感じます。

 

私にとって、

 

人を信じることは難しい。

 

だからこそ、

 

私には友達がきわめて少ないのです。

 

だから、

 

私はママさん達を『友達』とは呼びません。

 

知り合いだからです。

 

私にとって友達とは、

 

信じられる人。

 

そして、その中でも群を抜いて信じられる相手を

 

親友と呼んでいます。

 

 

FacebookやLINEなどで、

 

100人、500人、1000人を越える友達の数の人がいます。

 

それはそれで、その人の持つ魅力なのでしょう。

 

ただ、私には、数増やしの友達はめんどくさいだけだし、

 

最小限の友達と、

 

大切な時間を共有したいという気持ちが強いんだと

 

昨日、改めてそう思いました。