3月28日火曜日、

 

祖母のお葬式の日でした。

 

 

前夜、帰りが遅くなった私は、

 

朝、寝坊をしてしまい、

 

大慌てで準備しました。

 

 

息子を連れて、

 

電車で祖母の元へ。

 

 

前日には、

 

息子の障害のことを、

 

軽く父や叔母、義理の妹には話してありました。

 

だから、

 

会館の担当者の方にも、

 

お葬式の詳しいことをお聞きし、

 

息子には見通しが立つように前もって話をしていました。

 

 

葬儀場に入ると、

 

そこには叔母と会館の方の二人しかいなかったので、

 

叔母に挨拶をし、

 

私と息子の座る席を確認しようと会館の方に聞きました。

 

 

すると叔母は、

 

 

「お母さん(私)のそばに(息子は)ずっと居れるから

 

大丈夫やって。

 

控え室に行っといて。」

 

 

と、私たちを追い払いました。

 

祖母の顔をまだ見れていない息子に、

 

私は祖母と会わせてやりたかったのに、

 

そうやって叔母に追い払われて会場を後にしました。

 

 

10時からの葬儀の打ち合わせで、

 

詳しい説明を受けた後、

 

担当者さんがお手すきの様子を見計らって、

 

 

「すみません。

 

式の際のエレクトーンの音はどのくらいの大きさですか?

 

読経の際の音はどれくらいでしょう?

 

会場の暗さはどんなもんですか?」

 

 

など、前もってお聞きしました。

 

近所のおばさんの息子さんが、

 

(焼香止めをして下さる方なのですが)

 

 

「息子くんに前もって、

 

会場を見せてあげたら良いんじゃない?」

 

 

って言ってくださいました。

 

叔母なんかより、よっぽど理解を示し、

 

温かく声をかけてくださいました。

 

 

息子を呼んで、

 

会場に連れて行き、

 

一つ一つ説明していきました。

 

そして、

 

 

「息子、

 

大ばあちゃんと会えるのは、

 

これが最後やからな。

 

顏、見てあげて。

 

声かけたって。

 

心の中で良いから。

 

寝てるみたいやろ?」

 

 

と、息子に声をかけました。

 

 

11時、

 

祖母の葬儀が始まりました。

 

祖母の大好きだった曲をエレクトーンで演奏していただき、

 

5人のお坊さんが入場し、

 

読経が始まりました。

 

お焼香は事前に説明しておいたし、

 

私の隣で出来たので、

 

上手く乗り切れました。

 

読経の際の音、

 

一番懸念していたのはこれでした。

 

うちの実家は曹洞宗で、

 

お坊さんが5人来られます。

 

音の鳴るものは、

 

お鈴、木魚、太鼓、シンバルのようなもの、

 

大きな鐘のようなものがあります。

 

息子は懸命に頑張っていました。

 

一番失敗だったのは、

 

暑かったことです。

 

息子は暑さに参ってしまいました。

 

苦しそうにしていましたが、

 

最後まで、頑張っていました。

 

 

予定外だったのは、

 

ひ孫からの花束の贈り物。

 

うちだけが知らされていなかったのですが、

 

ひ孫4人から花束を贈るといって、

 

皆さんの前で、花束を棺の上に置くのでした。

 

息子は聞かされていなくて動揺してしまいましたが、

 

それも、なんとかこなしてくれました。

 

私も聞かされていなかったので、

 

息子にも、ごめんね、と謝りました。

 

 

葬儀の最中、

 

涙が止まらなくなり、

 

顔を覆ってしまった私の隣で、

 

息子は私の胸に手を当てました。

 

 

「大丈夫。

 

ここにずっとおるで。」

 

 

祖母は、私の胸の中にずっと居るよといって、

 

私を励ましてくれました。

 

息子がいてくれて良かった・・・。

 

本当に嬉しかったです。

 

 

「そうやな、そうやな。」

 

 

そう言いながら、

 

私の涙は止まりませんでした。

 

 

お葬式が終わり、

 

次は火葬場へ向かいます。

 

マイクロバスに乗って、火葬場へ。

 

 

最後に、

 

祖母が炉に入っていく姿を見て、

 

たまらなくなって涙があふれました。

 

その後、一旦会館へ戻り、

 

お礼膳を食べました。

 

15時、再び火葬場へ。

 

収骨は本当に辛い作業でした。

 

お骨だけになった祖母を見て、

 

胸が苦しくて、本当に辛かったです。

 

息子も一緒に収骨をしました。

 

あっという間に終わってしまいました。

 

 

そしてまた、

 

会館へ戻ります。

 

会館へ戻るバスの中、

 

涙が出てくる私に、

 

再び息子が胸に手を当ててくれました。

 

ありがとう、息子。

 

あなたがいてくれて、本当に良かった。

 

心強かったよ。

 

 

会館に帰ってきたら、

 

今度は夕食です。

 

お礼膳をすでに食べたのに、

 

会館でまた、

 

食事を用意した叔母。

 

叔母の希望で、

 

父や会館の方の意向を無視し、

 

押し切ってまで用意した食事。

 

私の前に座っていた親戚は、

 

 

「普通、お礼膳食べたら、

 

こんな事もう一回せえへんでな。

 

無駄が多いなぁ。」

 

 

と仰っていました。

 

本当にその通りだと思います。

 

人の言うこと、聞かないから、叔母。

 

 

無事、葬儀も終わりました。

 

会館の担当者の方のご配慮で、

 

無事、終えることが出来ました。

 

 

 

葬儀が始まる前、

 

義理の妹と話をしていたところに、

 

叔母が近づいてきました。

 

義理の妹に向かって、

 

 

「うちにな、いっぱい数珠があるねん。

 

だからな、子供らにも1つずつ

 

持たせてあげて。」

 

 

と言って、

 

数珠を渡していました。

 

すぐ横に居た私に、

 

 

「息子君も、数珠持ってる?」

 

 

なんて、聞くわけもない叔母。

 

なんでそんなことが出来るんだろう?

 

何も、今言わなくても!

 

義妹が一人で居るときでいいやんか?!

 

私に出て行けと言った会場へ、

 

弟と義妹、その子どもたちは入っていったときも、

 

弟家族だけは祖母の顔を見ることが出来ました。

 

この叔母には、

 

本当に振り回されて、

 

余計な気苦労が多かった二日間でした。

 

 

帰り道、

 

元夫の家に寄って、

 

置かせてもらっていた荷物を受け取り、

 

1時間かけて電車とバスで家に帰りました。

 

帰り道、息子は、

 

重い荷物を1つ持ってくれ、

 

 

「母に大切に育ててもらったお礼やからな!」

 

 

と言ってくれました。

 

本当に、

 

こんな息子を持って幸せです。