6日7日と東京おひとりさま旅行に行ってきました。
今回のメインはびーくん舞台だったんだけど、せっかくなら勉強もしようと思って、色々回ってきました。一人東京はもう何回も行ってるけど、娯楽要素以外でこんなに充たされたのは初めて。
それくらい有意義な旅行で、いい気分転換にもなりました。
一日目は湯島~根津を散策。
この地域、上野や日暮里から徒歩で行ける範囲ながら、観光客も少なくゆっくり散策できるところでした。雰囲気もなんだか昭和っぽくて、歩いててあったかさの残るところだなって思いました。
今度はぜひ千駄木の方にも足を伸ばして、お寺やにゃんこ街めぐりをしたいと思います。
さて、始めに訪れたのはこちら。
この建物は、三菱財閥の創始者・岩崎弥太郎の息子・久弥の本邸として、明治29年に建てられたもの。当時は今の3倍ほどの敷地を誇っていたものの、現在ではこの洋館と、それに付随する和館(こちらが居住空間だったよう)・撞球室・庭園が残るのみ。
ちなみに設計はジョサイア・コンドル。鹿鳴館や三菱一号館を設計した人です。
歴史としては、本邸として住居として使われ、二次大戦を経てGHQに接収、返還後は司法研修所として使用され、2001年にようやく公開されたようです。
また、洋館などの建物だけでなく、敷地を囲む煉瓦塀も文化財として指定されているようで、煉瓦塀などは当時のまま保存されていました。
入館料を払って(なんと400円!安っ!!笑)洋館内に入ってみると、すぐに大きな鏡と暖炉があるホールに出ます。
鏡と暖炉の目の前には3段に折れた大階段が。
実はこの階段には一つ工夫がされていて、二段目に折れている部分には支柱となる柱が存在しないのです。まさに宙に浮く階段!
どうやらこれは、壁を支柱代わりにして設計されている様式らしく、階段下に柱がなくなることで、ホールに広さを持たせているらしいです。また、会談下のスペースを有効に使えるということで、大階段の下には、さらに地下へ続く階段がありました。地下には倉庫などがあり、また撞球室へ続く地下通路があるようです。
地下通路…通ってみたいわ…←
ホールからは客間と食堂、久弥の書斎に接続されています。
この客間にも一工夫されているところを発見。
客間は二つあるんですが、一つが「普通客間」、もう一つが「婦人客間」でした。何が違うねんと思ってよくよく見てみると、婦人用の方は壁の色がピンク色だったり、天井が布張りで薔薇の刺繍が入っていたり、装飾が凝っていたり、女性好みにアレンジされてました。
ほーこりゃすごいわ(゚Д゚;)
また婦人客間はサンルームの光をもろに受けるように設計してあって、コンドルの英国紳士っぷりにくらくらしました(この設計がそれに影響されてるとは限りませんが…)。
大階段を登って二階へ行くと、またもや客間。どんだけ客間あんねん。
二階の客間は一階のそれとは違った工夫がされてて、唐草模様の金唐革紙が壁紙として使用されているばかりか、客間によってその下地の色が違っていたりと、同じ部屋が絶対にないようにされているなと思いました。
私のお気に入りは、若草色の壁紙の客間。ここには当時使われていた書架も展示されていて、もし私が当時ここに住んでいたら、こんな書架を使ってたのかなあ…なんて思ったり笑
あと、二階と言えばトイレ笑
なんで二階にトイレやねんと、当時の下水事情からしたら本来一階にあるべきものだと認識していた私は疑問を抱いたため、トイレの入口から一生懸命顔つき出して観察してました笑
さすが当時の進んだ設計技術。さすが西洋建築。
ちゃんと水洗式でした。しかも男性用と女性用と分かれてるみたいだし…中には入れなかったので詳しくはわからなかったけど、こんなところも日本建築とは違う構造で設計・建築されていることにびっくりしました。
生憎館内は撮影禁止だったので写真は撮れなかったけど、本当にすてきな洋館で、ここで当時パーティーが行われたりしてたんだなあと想像するだけで溜息が出ます(*´ω`*)
華ヤカ進めてるのもあるし←
ベランダの雰囲気やそこから見える景色は華ヤカのそれと本当にそっくりで、ここで勇様と…とか、進様が…とか、時々脳みそがトリップしてました笑
ここはぜひもう一度来たい!
と言うのも、今年7月末まで洋館の一部と撞球室が修復工事中で、一部見られないことろがあったので。特に撞球室は心残り…
撞球室と言えば!
正様と紀夫さんが私(使用人)と紅さん(紀夫さんの想い人)を賭けて熱戦を繰り広げたところですよ!!@華ヤカ
まあそれだけじゃなくて(笑)、ここの撞球室は本当に貴重な内装や造りになっているらしくて。
だって本館から続く地下通路まであるんだから、そりゃあ見なきゃ損でしょ。
と言うことで、このまま暇だったら秋頃に、何かあれば年末に、多分再度ここ来てると思います笑
ここを出て次に向かった先は竹久夢二美術館◎
ちなみに、旧岩崎邸からここへ向かうルートは東大の側道にあたるので、それならばということで、少し東大にお邪魔して東大生気分を味わいつつ辿り着きました( *´艸`)
いやぁ~やっぱり最高学府は違いますね!色々ほんとにすごい!
さてさて、夢二美術館では常設の夢二展と、企画の「魔性の女」展&高畠華宵展を鑑賞。
「魔性の女」展は、歴史上や文学上の魔性の女たちを描いた、江戸末期~昭和の絵画が展示されてあって、見ごたえがありました。
私のお気に入りは、江戸川乱歩『黒蜥蜴』の女盗賊・黒蜥蜴を描いたものと、美福門院得子をモデルとした架空の人物・玉藻前を描いたもの。特に玉藻前はすごく妖艶に描かれていて、同性の私から見てもすごく色っぽくてどきどきしちゃいました笑
鑑賞を終えた後は、併設されている喫茶店でひとやすみ(´ω`*)
隠れ家的な雰囲気で、夢二の画集や提携している写真館の写真たちも飾ってあって、落ち着ける場所です。
私は夢二美術館の半券を見せると安くなるというミルクティーを注文しましたが、後から入ってきた人がケーキセットを頼んでて、それがすごくおいしそうなの!
しかも、企画展と連動した期間限定の飲物もあるようで、この時は「魔性の女」展に合わせたベリージュースでした◎
そして!
今度の企画展は三島が生前賞賛していた画家さんのものらしく、うん、これは行きたいぞ、と。家畜人ヤプーなんかの表紙絵を描いていた人です。
なので、多分秋頃来てます笑
さて、それからは弥生土器発見場所を通過して、根津駅前にある商店街を横切り、こちらへ。
ここは現在若手美術家の展示場となっていますが、もともとは銭湯として使われていた場所なんです。
外装は銭湯当時のまま、中もなるべく面影を残しながら使用されているらしいです。
確かにぱっと見はまだ銭湯よね…玄関横のタイルとか、引き戸なところとかさ。
そしてそして、ここがまだ銭湯だった頃には、京P生お馴染みのあの人が足繁く通っていたことでも有名なのです!
そう!
『古都』の著者、川端康成です\(^o^)/!
この情報をネットで見つけた瞬間、これは行くべし!と決意しました笑
まあ外観というか雰囲気目当てで行っただけなので、この写真を撮り終えたらすぐ根津駅へ逆走しましたが笑
ただ、ここへたどりつくまでの道のりがすごく昭和な雰囲気のところで、商店街のお店の店構えもなんだか懐かしい気持ちのするすてきな場所でした。
次はぜひ、この商店街へ行ってから千駄木方面へ歩いていきたいと思います(^^)
さてさて!
何やらながーくながーーくなってしまいましたので、続きは次回へ持越し!笑


