1988年6月18日、コミカルで洒脱な詩語を炸裂させる詩人の平田俊子が兵庫の園田女子学園大学で短詩型文学のシンポジウムに登壇するというので、勇んで赴いた。メンバーは他に歌人の道浦母都子と俳人の松本恭子。平田は詩集『アトランティスは水くさい』(1987年)、道浦は歌集『無援の抒情』(1980年)に続く『水憂』(1986年)、松本は句集『檸檬の街で』(1986年)を上梓した頃で、それぞれが個性的な作品世界と創作論を展開していた。80年代、「女流」が脚光を浴びていた時代であった。ただしこの兵庫のイベントをコーディネイトしていたのは、俳人の坪内捻典である。俳句に縁遠かった私もその名は聞いたことがあった。
たんぽぽのぽぽのあたりが火事ですよ
三月の甘納豆のうふふふふ
「ぽぽ」や「ふふ」の音が印象的な坪内の句。会場が女子大だったからこのメンバーになったのかはわからないが、シンポジウムは時流に合った軽妙深遠な内容で、なかなか斬新な仕掛けをなさると好意的に思った。
坪内捻典の句に再び向かいあうことになったのは2000年代の教育現場でのことである。句を紹介する際に、句の中の親しみのある音の響きを、通り一遍ではなく、読み手に直に実感を伴って、そしてさらに想像の世界へと伸びやかに伝えることに腐心した。「音の響き」と「音韻」が坪内捻典の句の魅力として私の記憶に強く残っていたのだった。
この時、句中の「たんぽぽのぽぽ」のことを、私は捻典のオリジナルだと思っていたが、江戸時代から使われていたと知って驚いた。そして同じ「たんぽぽのぽぽ」を加藤楸邨もまた自作に用いている。
たんぽぽのぽぽと綿毛のたちにけり
捻典の「ぽぽ」は、タンポポの綿毛の一番外側のやや揃ったところが、電飾が点るように、夕日に染まって赤く燃え立ち輝いている。鮮やかで煌めく美しいイメージだ。一方楸邨のものは、綿毛がいっぽんいっぽん、「ぽ」「ぽ」と小さく呟くように風に吹かれて旅立っていく、さびしげな別離の光景が思い浮かぶ。「にけり」が一層そんな気分にさせるのである。楸邨には他にも音が響く句がある。
寒雷やびりりびりりと真夜の玻璃
雉の眸のかうかうとして売られけり
隠岐やいま木の芽をかこむ怒濤かな
「びびりびびり」「かうかう」「怒濤」、どの語句、どの音をとっても驚くばかりの迫力である。一句目、「びびり」はものが擦れる音や振動音であるから、強烈ではないがくぐもった、背筋を寒くさせるような雷鳴がするのだろう。爪や固いもので叩いた「玻璃(ガラス)」の、音や震える感覚とも距離が近い。またはガラスの皹やビリビリと銀紙を裂いたあとのような青白い雷のギザギザした枝状の形も想起させる。映像と音のコントラストが鮮やかで胸に迫る。二句目、「かうかう」とした眸の雉をまともには見られまい。売られていく雉はそのことをわかっているのだろうか。愛憎と悲哀が混ざったいきものの生の尊厳を見せつけられたように思う。三句目、「怒濤」と言う文字の画数の多さ、そこから見える厳粛さにたじろぐ。それは周囲に吹き荒ぶただならぬ時の嵐でもあったことだろう。そのただ厳しく絶え間なく反復するだけの荒波が、岩を砂を生物を植物を洗い、削り、倒し、ひとところに集める。それが何かのきっかけ、例えば雷や地震で変容し時を経て蘇る。そうすることで自然の無限の生命力を伝播するのである。しかもそこは流刑の島隠岐である。島で生涯を終えたものたちが、荒ぶる大波にさらされながらも、春には新たな「木の芽」となって芽吹く時を迎えるのだ。新芽を囲み込む波は、言葉の音の響きほどには決して厳しく荒いばかりではなかっただろう。響きの内部に未来に繋がる大きな空間を抱えている。
俳句の短い型の中に、音の表記を入れる。同じ音を繰り返す。そのことで幻想やイメージを思いがけない方向へ導いたり、豊かに広げたり、緊張感や迫力を加えたりする。またそれを口ずさむことで、音を口の中で転がして句への親しみを増したり、一個人のものであったその句をみなで共有したりすることができる。日本語の5つの母音の組み合わせが醸し出す音色が創出する音楽性。句中に置かれた平仮名の色のつかない文字面に読み手が色をつけていく自在さ。音の表記の生み出す効用のなんと多彩なことだろう。
先の3人の創作者たちにも印象的な音を用いた作品がある。
檸檬シュパリ カリ 私の敵はわたし 松本恭子
「レモンちゃん」と呼ばれた松本恭子の代表作。なんといっても「檸檬」を囓る「シュパリ カリ」が効いている。梶井基次郎の短編を思い起こさせる漢字表記の酸っぱいレモン。頬をはたかれたようなカタカナの鋭い音。自分の中の二面性を、漢字と平仮名のワタシで書き分けた。それを29歳の作者に目の前で解説されて、ただ目を瞠るしかなかった。句集『檸檬の街で』(1986年)収録。
うそうそととろけるような春時間 高麗橋に降る春の雨 道浦母都子
1999年歌集『青みぞれ』収録。上の句の甘やかな動揺に満ちたひとときを描くには平仮名の音しかないと思わせる一首だ。
宝物 平田俊子
世界で一番美しい言葉はコンセルトヘボウです
四年前のアムステルダム
午後のトラムにゆられていると
大きな建て物が前方に見えた
あれは何? と尋ねると
コンセルトヘボウとあなたは答えた
コンセルトヘボウ
そのとき私には
それが何だかわからなかった
ただ こうつぶやいたときの
あなたの声がとてもきれいで
以来この言葉は私の宝物になった (後略)
未知だったオランダのアムステルダムにあるコンサートホールの名前が、その言葉の音によって、言葉を発した人の息づかいによって、それをすくい上げた詩人によって、私にとっても美しい宝物になった瞬間である。2007年発行の詩集『宝物』に収録。この詩集自体が私の宝物である。
作品の中の音の表記や音韻は俳句・短歌・詩の区別なく、読み手に言葉の美しさや肌触り、奥深さ、や作り手の心の動きを伝えてくれる。そこにリズムや音律が加わって、短い俳句も表情豊かで血脈を巡らすいきもののような存在となる。そのことを思うとき、詩歌がひとの誕生とともに生まれ、自身の有り様を体現するためにひとに伴走し続けている「うた」であることを、今更ながらに思い起こすのであった。
最後に再び、捻典と楸邨の句に戻ろう。
落葉松はいつめざめても雪降りをり 加藤楸邨
帰るのはそこ晩秋の大きな木 坪内捻典
雪の中で常にさびしく立つ木がある。雪降る中の落葉松よ、それは楸邨そのものの姿だ。緑色した葉を落とし、裸木となった落葉松が雪の中に立っているのはいかにもさびしい。しかも、いつもさびしいという孤高な姿だ。けれどもどこかに希望があるのではと探してしまう。今は厳冬であってもいずれ雪は溶けるのであるから。
そして、人が歩めばそのさきに、いつも一本の木がある。晩秋の木は風の中、根元に枯れ葉を集めて立っている。枯れ葉はいずれ土に戻り豊かな土壌を作る。やがて季節が巡ればそこから芽吹くものがある。土に帰って行くもの、再生するもの。その循環のなかにひともいる。雪の落ちる音、枯れ葉の転がる音を聞きながら、俳句をふと口ずさんだりしながら生きていくのである。