
大川沿いの公園に淀川三十石船舟唄の石碑がありました

画像は旧淀川現大川ですが、右側中央のビル当たりが、八軒家で主に此処が
起点として京都伏見との三十石船の往来があったようです。

下り伏見からは主に夜に出て早朝に大坂に着いていたようです~上り大坂から
は早朝に出て、夕方に伏見に着いていたようです~上り舟は棹をさして上がる
所もあり十一里余り(約45キロ)をほとんど綱を引いて上がったようで、綱を引く
場所は9か所あって、何処から何処までと決められており、大変な労働と時間を
掛けて伏見まで辿り着くことになっていたようです~尚船賃は上りが172文下り
は72文だったようで、上りは綱を引く人の人件費等で100文高かったのですね。
手前の小さな舟は(くらわんか舟)と言って途中枚方付近で食料を売っていた
ようで、現在の駅弁売りみたいなものでは、なかったかと想像します。
遠くは奈良・平安の時代から、桃山・徳川と千数百年にわたる上り下りの歴史
を秘めた淀川の水は、今も悠然と変わらぬ姿のまま流れています。
上の所にマウスを当てますと民謡淀川三十石船舟唄の唄が流れます




























