田んぼの学校の卒業式
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12月13日は、田んぼの学校の卒業式でした。
6月21日に田植えをしてから6ヶ月の間、この田んぼにかかわった人達、
子供達が集まっての卒業式でした。
実行委員長、、田んぼの先生、小学校の校長もみんな感動のコメント
でした。
この田んぼは、いろんな人にたくさんの思い出をくれました。
何にも無かった空き地にいきなりユンボで穴を掘って田んぼを
作ってしまったのです。
そして、代掻き、田植え、草取り、案山子作り、稲刈りと、いろんな
作業がありました。
その途中経過の写真が黒板に飾られ、田植えや稲刈りの動画も大型
スクリーンに映し出されました。
雨の中の田植えにはしゃぐ子供達。お手伝いの大勢のお母さん達、
それらをたくさんの写真が伝えています。
そして、感動のおにぎりをトン汁と一緒にいただきました。
みんなで頑張った成果は、100坪の田んぼに110キロのお米と、20キロの
もち米です。
大勢で食べれば、あっという間に食べつくしてしまう量ですが、
携わった人達には、大勢の人達との心のつながりが出来た、味わい深い
おにぎりでした。
昔の町名は、面白い
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実家の町のタウン情報誌が手に入りました。
実家のある町は大名町といいますが、昔は紺屋町と言っていました。
染物屋が多かったのでしょう。
そして近くの町名に、鉄砲町、鍛治町、小姓町、など懐かしい町名が
このタウン情報誌にあふれています。
最近日本全国合併の嵐が吹き荒れて、昔の懐かしい市の名前や、町名が
改名されました。
昔の町の名前は、ちゃんと故事来歴が含まれています。
そんな名前が日本全国から消え去ろうとしています。
良い名前は、残すべきだと思いますが。
川端ぜんざい
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福岡空港で懐かしいものを見つけたので買ってきました。
そして一人で試してみました。
川端ぜんざい、めいげつ堂と書いてありました。
昔、博多川端通り商店街の中にあったぜんざい屋復刻版です。
温めて食べるだけになっています。中に餅が一個。
汁粉でなく、ぜんざいです。こってりとした甘さ、粒の小豆がたまりま
せん。
博多川端の店は店主が亡くなり一時閉店したと聞きました。
しかし、その味を惜しむ人達が、ボランティア活動で復活したそうです
学生時代のその店は、でっぷり太った兄弟でやっていました。
注文すると太い親指がどっぷりと丼の中に入っていたものです。
よく焼けどをしないものだと、びっくりしながら食べていたのを思い
だします。甘いぜんざいに、沢庵がぴったりでした。
食べた後は、店の中にある井戸で手を洗ったものです。
そんなことを思い出しながら復刻版を食べました。







