
元F1ドライバー
- 鈴木亜久里さん(池谷美帆撮影)
- トラクターの運転席に座って写真を撮る中学生時代の鈴木さん
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中学2年までは不良だった。ケンカもしたし、学校もろくに行かなかった。
両親が離婚し、母親と東京都板橋区に住んでいたけれど、教師なんて信用できないと思っていた。
見かねた父親に引き取られ、3年からは埼玉県所沢市立東中学校に通うように。そこで担任を引き受けてくれたのが板橋明先生(71)。道を踏み外した自分を、真っ当な世界へ引き戻してくれた大恩人だ。
先生は当時30歳代前半。美術が専門で、小さな体にひげを蓄えた熱血教師だった。「ナメられちゃいけない」と思っているから、転校早々、同級生とケンカしてしまった。そんな自分に、先生は感心したように「いいなあ! お前強いなあ!!」って。
こっちにも言い分はあった。それに耳を傾けてくれた先生は初めてだった。それまでは、「どうせ悪いのはお前なんだろう」と決めつけられてばかり。この人は信用できる、と思った。子どもなりの考えを受け入れた上で、正しい方向へと導いてくれる。先生は本気で自分と向き合おうとしているんだと、伝わってきたんだね。
よく家庭訪問をしてくれたし、先生も車が好きだったから、どんどん打ち解けていった。普段は温厚だけれども、怒った時は迫力があったなあ。「高校に進学したい」と打ち明けたら、全力で応援してくれた。一生懸命受験勉強し、合格を一番喜んでくれたのも先生だった。
先生と出会わなかったら、人生はどうなっていただろう。大学に進学することも、F1ドライバーになることもなかったにちがいない。教職をリタイア後、定期的に個展を開く先生とは今もつきあいがある。感謝の気持ちを忘れたことは一度もない。(聞き手・保井隆之)
プロフィルすずき・あぐり 1960年、東京都生まれ。12歳でカートレースにデビューし、高校2年で全日本チャンピオン。90年、自動車レースの最高峰F1日本グランプリで3位となり、日本人初の表彰台。現在はレーシングチームを率い、国内外のレースに参戦。(2014年11月27日付読売新聞朝刊掲載)